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「……随分と大変な事をしてくれたものじゃ」 窓から赤い光が差し込む学長室。 その重厚な椅子に座り、オールド・オスマンは、扉近くに立つルイズに、ほっほっと笑いながら話しかけた。 まるで近所の御爺さんのようなオスマンに、ルイズはニコリとも笑わず、ただ立ち尽くしているだけだ。 「さて……ここに呼ばれた理由は分かっているかの?」 「はい、禁止されていた貴族間の決闘を行った事ですね」 淀みなく答えるルイズに、オスマンは、そうじゃ、と頷きながら髭を擦る。 長くて真っ白の髭は、オスマンが自分の身体で一番自慢できるものだ。 「ルールが何故あるか……分かるな、ミス・ヴァリエール?」 「ルールを誰一人守らなければ、国は、法は正しく動きません」 「そうじゃ……例え、それが生徒同士の喧嘩が原因で発展した決闘であったとしても、それをそのままにしておくと、確実にルールは無くなる。 故に、ミス・ヴァリエール。君に今回の件の罰を与える」 罰と言う言葉にもルイズは動じない。ただ在るがままを受け入れる水のように、ただそこに居る。 「君に1週間の謹慎処分を与える。1週間、ルールの重要性について、確りと思い返しなさい」 「はい」 ルイズは罰を聞くと、すぐに踵を返し、学長室を後にしようとするが 「これ、まだ老人の長話は終わっとらんぞ」 オスマンの声に身体を急停止させる。 「まだ何か?」 オスマンに振り返らず、後ろを向いたままのルイズに、ぼけぼけとした学長室の空気が変わった。 「本当に……わしがしようとしている話が分からぬか、ヴァリエール」 「ミスを付けてください。幾らオールド・オスマンと言えど、呼び捨てはいけません。 さっき、貴方は言いました。ルールは守るべきだと。 貴族は貴族同士を敬い、助け合う。その為に相手に対する礼儀は必要ですよね?」 「ミス・ヴァリエール!!」 オスマンの雷鳴の如き声が、学長室に響き渡る。 事務仕事で話に入ってこなかったロングビルでさえ、ビクッと思わず反応してしまった声だったが、 ルイズは後ろ向きのまま先程と同じように微動だにしていない。 「ミスタ・グラモンが、魔法を使えなくなったそうじゃ」 「…………」 「さらに言うと、君が彼と決闘をして、君が去る時に彼は自分で自分の首を絞めたそうじゃな」 「さぁ……私は自分の眼で見ていないのでなんとも……」 「話を誤魔化すのもいい加減にせんか!!!!」 立ち上がり、声を荒げるオスマンにルイズは振り返り―――――― 「誤魔化してなどいません!!」 学長室に来てから初めて声を荒げた。 「彼は、私を侮辱しました!」 「侮辱程度で魔法を使えなくし、殺そうとしたと言うのか!!」 オスマンの怒声に、ルイズは肩を揺らした。 それは別に、今更このオスマンの声に恐れをなした訳ではない。 侮辱“程度”!? この男は、侮辱程度と言ったのか!? オスマンの言葉に、ホワイトスネイクを嗾けなかったのは、ルイズに残っていた僅かな自制心から来るものであった。 その自制心で、自身を律したルイズは、オスマンへと向き、静かに淡々と、だが、荒々しく言葉を紡ぐ。 「では、オールド・オスマン―――貴方に尋ねます。 貴方は、他の人に使えて当然。なのに、自分はそれを使えなくて、使える者達と同じ扱いを受けた事はありますか!? その事で、お情けを貰ってるだとか、家の名前だけで、居座っていると、言われた事はありますか!? 他の者が、使えて当然のモノを、これ見よがしに見せ付けてきて、使えない事を詰られた事がありますか!? いつも、陰口を叩かれて、話しかけてくる者達が、挨拶のように馬鹿にしてきた事がありますか!? 自分よりも下の者に、使えない癖に、何を偉ぶっていると思われた事はありますか!?――――――」 それは、聖歌のよう透明であり それは、狂歌のように終わりがなく それは、鎮魂歌のよう悲しみに溢れていた 聞くに堪えない、言葉の羅列に、ミス・ロングビルどころかオールド・オスマンすら、その目を見開き、ルイズを見つめるしかない。 「貴方は……貴方は、家族に使えない事を心配された事がありますか!? 誰よりも、何よりも尊敬している目標の人に、使えない者として見られた事がありますか!? 自分を表す二つ名が……使えない事の意味を持つ言葉にされた事はありますか!? それを、皆が……使える者達が……毎日のように………… 毎日のように私に言ってくる気持ちが……貴方に分かりますか―――オールド・オスマン!!!!」 これが、ギーシュを殺害寸前まで追い込んだ、ルイズの感情の正体だった。 最初は、ただの劣等感であった。 それが、一年と言う月日で、様々な要因で歪んでいき……目の前の少女となった。 オスマンは思う。 もしも、ミス・ヴァリエールが召喚した者が、この奇妙な姿をしている者ではなく、もっと普通な…… そう、魔法を奪えるような力を持ってさえいなければ、この感情と折り合いをつけて、生活していただろう。 しかし、運命の悪戯か、ブリミルはなんという者達を出逢わせてしまったのか。 歪んだ感情の捌け口を求めていた少女と、偶然、その捌け口にピッタリ合う力を持っていた使い魔。 オスマンは所詮使える者だ。 ルイズの苦しみが、どれ程のものなのか、知る由も無い。 どうすれば良いと言うのだ、自分に。 一体どうやって、雨の中に置き去りにされたような目をした少女を救えば良いと言うのだ。 「…………ミス・ロングビル」 名前を呼ばれて、我に返ったロングビルがオスマンを見る。 それに対して、オスマンはただ頷くだけ。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 今日は、色々とあって疲れただろう……もう部屋に帰って休みなさい…… 罰に関しては、後日改めて――――――」 「貴方は!! 常に見下されて生活したことが―――!!」 「もう良い!!! もう、十分に伝わった…… 眠りなさい、ミス・ヴァリエール。 眠って、眠って、眠って……その身体を休めてくれ……」 オスマンは、それだけ告げて、椅子に深く腰を下ろした。 ルイズは、まだ何か言っていたが、ロングビルに連れられて、学長室を後にする。 ホワイトスネイクもその後を追う。 そうして、学長室にただ一人残されたオスマンは 悲しそうに、ほほっと笑う、その顔には後悔しか浮かんでいない。 「一年……たったの一年じゃ…… 一年前のミス・ヴァリエールは希望に満ち溢れていた。 自分が使える魔法を見つける為に、あらゆる努力をしていた…… そんな彼女を……ここは一年であそこまでにしてしまった…… ……悔やんでも悔やみきれんな」 そう言って、オスマンは静かに目を瞑り、何処とも知れぬ者に祈りを捧げた。 どうか、あの少女に眠りの中だけは安息が訪れるようにと…… 「頼む……返して……僕の……まほっ……」 真夜中の医務室。 そこに現在眠っている人間は三人。 一人は、精肉屋に行く為の下拵えをされたマリコルヌ。 もう一人は、貴族に勝った平民、平賀才人。 そして、最後の一人、ギーシュ・ド・グラモンは、ルイズに魔法DISCを奪われる瞬間の夢を見ていた。 それは、正しく悪夢だった。 彼の持つ、全てを、魔法も碌に扱う事の出来ない『ゼロ』に粉々にされる悪夢。 「うわっ……わ……あぁぁ……来る……来るな……・・・僕に……近づくなぁ!!」 「きゃっ!」 悪夢での自分の叫びを現実でそのまま叫んだギーシュは、それで目が覚めた。 慌てて自分の首を確かめてみるが、何にも束縛されていない。 きちんと、呼吸が出来る。 「良かったぁ……」 「……あの―――」 「うわっぁあぁぁぁ!!」 声を掛けられたショックで、またも大声を上げるギーシュであったが、そういえば、さっき、小さな悲鳴が聞こえたなぁと思い、落ち着いて回りを良く見てみると、闇に溶け込むかのような黒髪をしたメイドが、水差しを持ってこちらを見ていた。 忘れもしない……自分が、こうなるキッカケを作ったメイドだ。 「おまえっ!!」 立ち上がり、メイドの肩を掴むと、メイドは声を荒げ。手を振り解こうとする。 「おっ、落ち着いてください!! ミスタ・グラモン!!」 「落ち着ける訳が無いだろう!! お前の所為で、僕は、僕は!!」 ―――魔法が使えなくなったんだぞ!! そう叫ぼうとして、初めて、それをギーシュは正気の中で認識した。 自分は……魔法が使えない……惨めな『ゼロ』になってしまったのか…… ギーシュは、夢にも思わなかった。 本来使えるべきモノが使えない苦痛が、これ程のモノとは。 なるほど……ルイズは、これを毎日味わっていたのか。 恐らく、最初から使えない者の苦悩は、これの何倍も大きいのだろう。 そんな苦悩を持った者に、自分は、一体何を言ったのか。 ――――――魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!―――――― 違う……違うのだ。 今、分かった。 彼女は、別に偉ぶって、貴族らしくしていた訳では無い。 魔法を使えない彼女にとって、貴族とは最後の拠り所。 魔法も使えず、貴族も否定されたなら、一体彼女は何なのか? 「くそっ……僕が……僕が馬鹿だったのか……」 もっと早く気付けば良かった。 彼女の居場所を奪ってしまった自分の一言に。 「謝りに……謝りに行かないと……」 「お待ちください、ミスタ・グラモン! まだ、動いては駄目です! お身体に障ります!」 「邪魔をしないでくれ! ルイズに……ヴァリエールに謝りに行かないといけないんだ!」 今度は、メイドがギーシュの肩を掴み止めに入るが、 これでも、一応は男であるギーシュに体格差で負けている少女が止められるはずが無かった。 「わかっ、わかりました。ミス・ヴァリエールの元へ行く事を許可しますから このお薬を飲んでください」 「何の薬だい、これ?」 ポケットから薬包紙に包まれた粉末状の薬を取り出したメイドは、ミス・モンモラシからの差し入れです、と答えてくれた。 「モンモラシーからか……そういえば、彼女にも心配を掛けてしまったな」 自分に駆け寄ってきてくれた時の、彼女の悲痛な表情を思い出したギーシュは、その薬を一気に呷りメイドから手渡された水差しで喉の奥へと流し込む。 「どうですか、お薬の味は?」 「良薬口に苦しだよ。う~、マズいなぁ、もう」 「そうでしたか……結構高かったんですけどねぇ、そのお薬……」 ルイズは、自室のベッドの上でシーツに包まり丸くなっていた。 自分は魔法を使えるようになっている。 それも、自分を見下していた奴から手に入れたDISCで。 そう思うと、ルイズは夕方あれだけ取り乱していたのが嘘のような笑みを浮かべていた。 自分は、一年間を、劣等感の中で暮らしてきた。 今、思い返しても、あの一年間は反吐が出る。 だが、それも明日から……いいや、今夜から変わる。 最高の気分でルイズは、魔法で燈したランプを、また魔法で消す。 明日は早くから、あの平民の様子を見に行かなきゃならない。 ご主人様に無断で使い魔のルーンを譲渡したのに、最初は怒りを覚えたが、ホワイトスネイクの台詞でその怒りも消えた。 ―――適材適所……全テノ力ニハ、相応シイ者ガ居ル。アノ、ルーンモ、ソノ類ダッタダケダ――― そうだ、適材適所だ。 あの平民が、私のルーンを扱うように、あんな貴族らしからぬ、ただ魔法が使えるだけの無能共の才能は、もっと毅然とした人間に与えられるべき者だ。 ただ、魔法が使えるだけで貴族と名乗っている連中は、豚のように地べたを這いずり回って『ゼロ』の気分を体感させてやる!! 「見返してやるわ……私を、私を『ゼロ』と呼んだ全てのメイジを…… うぅん、全ての人間を、絶対に見返してやるわ!」 あの目障りな優男の才能は奪ってやったので、後は、いつも、いつも、私を侮辱していた、あの精肉屋に並ぶべき豚と、自分を『ゼロ』と呼んでくる、忌々しいツェルプストーの女。 「一先ずは、この二人をね。 まぁ、後は……おいおい、決めていけば……ふぁぁぁああぁぁ……良いかな……」 トロンとした目付きで、夢心地に入るルイズは、そういえば、キュルケを無能にする時に邪魔をした奴も居たわねぇ、と思い出した。 だが、すぐにそれも忘れる。 また邪魔してきたら諸共奪えば良いし、邪魔をしてこなかったら、それで良い。 自分の記憶の限りでは、あの娘は確か…… 私の事を『ゼロ』とは読んでないのだ……か……ら…… 「ヤット……眠ッタカ……」 ルイズが夢の世界へと旅立った事を確認すると、ホワイトスネイクは椅子に腰掛ける。 「平賀才人……カ……」 珍しく物思いに耽るホワイトスネイクは、あの『黄金の精神』を持った少年の事を思い出していた。 あの少年の持っていた『覚悟』 あれは、もしや…… 「……イヤ、気ノ所為ダナ……ソンナハズ絶対ニ無イ」 そう呟く、ホワイトスネイクの言葉は、誰にも、少なくとも、ホワイトスネイクの耳にすら届いていなかった。 第三話 戻る 第四話
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「全く。手間のかかる子だわ」 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールとジョセフ・ジョースターが、二人、凛と立つ。 垣間見えた表情は、あんな巨大ゴーレムを前にしてるというのに恐れなんか微塵も無い。むしろ敵とすら認識してない感じ。 ここまで随分と時間をかけさせてくれたものだわ。私達もそうだけど、フーケにしたっていい面の皮ってものだわね。あたしならここまでバカにされたら怒り狂うわ。 精神力は随分と消耗したし、気を抜いたら今にも眠ってしまいそう。こんな埃っぽい場所で徹夜だなんて肌に悪いわ。東の空なんか白み始めてるじゃない。 あの二人と来たら、戦場だというのに見てて恥ずかしくなるようなやり取りを平気でしてるし。あたし達が見てるってことを忘れてるのかしら。それとも気にしてないのかしら。あれは多分、気にしてない方だ。 あーあーやだやだ、これだからバカップルってものは。まあその御代としてこれからあのおチビをからかう材料くらいにはしとかないとワリに合わない。ダーリンはからかっても軽くあしらうけど、ルイズを恥ずかしがらせるトスだと考えたらそれはそれで。 「ごめんねータバサ。とんだモノに付き合わせたわね」 タバサは気にしてないと思うけど、それでも一応の礼儀として謝りは入れておく。 「あれはあの二人にとっての通過儀礼として必要と判断。どうせフーケはハーミットパープルで幾らでも追跡可能」 あ、でもちょっと眠そう。私以外には判りにくいくらい、無表情の陰に隠れてるけど。 ここからが本番なんだし、もうちょっと頑張るわよ。お互い。 それにしても。タバサのシルフィードにしたって、ルイズのジョセフにしたって。 私のフレイムは大当たりも大当たりのはずなんだけど。 ……自信なくすわー。 「で、ジョセフ。勝つ方法があるのよね。どうすればいいの」 「うむ。まず下準備がちと必要での」 ジョセフはひとまずルイズを背中に背負うと、いきなりゴーレムに背を向けて走り出す。 「ちょ! いきなり逃げるとかナシじゃない!?」 「じゃから下準備がいるっつったじゃろ!」 さっきまでのやり取りはどこへやら、普段の雰囲気に逆戻りした二人。だがあさっての方向に向かって走っているわけではなく、シルフィードが飛んでいる方向へ向かっている。 「タバサ! イチゴのパスケットを渡してくれ!」 ジョセフの声にタバサが風の魔法でイチゴ一杯のバスケットを包み込むと、そのままジョセフに向かって投げ渡す。 精密動作に優れたタバサの風は、イチゴの一つも落とすことなくジョセフにバスケットを届けた。 「この期に及んでイチゴなんか何の役に立つのよ!」 普通の人間は巨大ゴーレムの戦いにイチゴを持って行かない。ルイズの怒りももっともだ。 だが、ジョセフは背中のルイズにイチゴを一粒投げて渡し、自分も一粒口に放り込んだ。 「コイツがなァ……あのゴーレムをブッちめるわしの切り札なんじゃよ。ルイズよォ~~~」 ヘタを地面に吐き捨てて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるジョセフ。 非常に信用ならないが、ルイズはイチゴと罵詈雑言を飲み込んで、言った。 「……信じるわよ」 「オーケーご主人様! んじゃ、もうちょい下準備に時間がかかりますんでのォ! もうちょい逃げさせてもらいますかのォ! 二人とも! もうちょい空におっとってくれ!」 ゴーレムを小馬鹿にするように、ジョセフは勢い良くクレーターばかりの地面を駆け巡る。 おんぶされているルイズには、見えないはずのジョセフの顔がありありと見えた。 (ブン殴ってやりたいほど楽しそうな顔してんだろうなあ。コイツ) その予想は全く外れていなかった。 そして一分ほど走った後、ジョセフはシルフィードのほぼ真下へと到着すると、大きく声を上げた。 「三人とも! あやつのドテっ腹にありったけの魔法をブチ込んでくれィッ! パーッと行こうじゃないかッ、せっかくのフィナーレなんじゃからのォッ!!」 と言ってから、ルイズにゆるりと振り向く。 「まだイケるか、ルイズ」 不眠で夜明けを迎えようとしている三人に対し、ルイズは仮眠をとっている。その瞳に疲労というものは一切なかった。 「誰に聞いてるのよ。私はアンタのご主人様よ?」 「オーケー! んじゃ、ハデにやっちまってくれィッ!!」 ジョセフの叫びと同時に、ゴーレムの胴体へ次々と魔法が打ち込まれる。 炎の槍が外皮を焦がし、風のドリルが胴体を抉り、ゴーレムの腹が爆発する。 しかしこれまで何度も繰り返されてきた光景と同じように、地面に落ちた土はすぐさま元あった場所に戻ろうとする。 だが。繰り返されようとした光景に、一人の男が駆け込んで割り込んだ。 頭に帽子、左手に剣、右手にイチゴ満載のパスケット、背中にピンク髪の美少女という珍妙な出で立ちの男は、元あった場所に戻ろうとする土塊目掛け…… 遠心力をフルに使ってバスケットを振り回し、大量のイチゴをばら撒いたッ! しかしばら撒かれたイチゴはただのイチゴではない。一分間走っている間にジョセフがくっつく波紋を大量に流し込んだ、特製波紋イチゴッ! 土塊に付着した大量のイチゴは、土塊達と共に浮かび上がり、ゴーレムを形成するパーツに含まれようとする。 そしてジョセフはバスケットを地面に投げ捨てると、続いて右腕をゴーレムに向けて突き出した! 「ハーミットパープルッ! イチゴを追いかけろッッ!!」 スタンドパワー全開で迸る紫の茨は、普段のように二、三本などというものではない。数十本もの茨が一斉にジョセフの右腕から奔り、再生しようとする土塊達の間を割ってイチゴ達を捕らえていく。 しかも今回迸ったハーミットパープルも、またただのハーミットパープルではない。 こちらはイチゴとは違い、大量の反発する波紋を流し込んでいる茨である。土塊の中に入り込んでも、茨に入った波紋が土塊を押し退け、茨が潰れることなどありはしない。 果たしてゴーレムは再生を遂げたものの、その胴体にはイチゴを追いかけて張り巡らされたハーミットパープルが、まるで人間の身体で言うところの血管のように割り込んでいた。 「さあこっからじゃルイズッ! 『ゴーレムの身体の中』にッ!! ありったけの『魔法』をブチ込んでやれィーーーーッッッ」 言われるまでもない。ジョセフが奔らせたハーミットパープルがイチゴを追って行った時に、やらなければならないことをルイズは既に理解していた。 ルイズは返事する代わりに、最初に使うべき呪文の詠唱をとっくに終え―― 「ファイアーボールッッッッ!!!」 今のゴーレムは、土塊がみっちりと詰まった通常のそれではなく、胴体に大量の隙間を作られたもの。そして閉鎖された空間で起こった爆発はエネルギーが逃げることも出来ず、開けた空間と比べて甚大な破壊力を持つことになる。 ルイズの呪文が完成したと同時に消えたハーミットパープルだが、反発する波紋をたっぷり流されたゴーレムは張り巡らされた空間に土塊を集めて再生することも出来ない。 しかもルイズの起こす爆発はジョセフをして「威力だけならわしの波紋のビートより遥かに上」とお墨付きの破壊力を持つ。そして思った場所に着弾させる命中率も非常に高い。 ハーミットパープルが隙間を作ったとは言え、その直径は大きくないどころか、狭いと言うしかない。だがゴーレムの表面では一度も爆発は起こらなかった。完成した空隙に爆発魔法が寸分なく入り込んだことの証明である。 とにかく早く、とにかく正確に。 『魔法成功率ゼロ』の仇名を払拭する為に幾百回も繰り返された練習の成果が今、ここで結実した。 ルイズが一度魔法を唱えるたびに、ゴーレムの中から爆発が起こり、胴体が見る見るうちに吹き飛び、削られ、消し飛んでいき―― 「これでもッッッッ!!! 食らえぇぇぇぇえええええッッッ!!!!」 裂帛の気合を込めた魔法が起こした、一際大きな爆発。 胸も腹も吹き飛ばされ、大地の重力に引かれた頭部が残った下半身に落ち、地響きと土塊混じりの突風が巻き起こり…… ゴーレムは、土塊の小山に成り果てた。 荒い呼吸を繰り返すルイズ。ルイズを背負ったまま、当然のように笑みを浮かべているジョセフ。シルフィードに乗ったまま、今しがた起こった出来事に大きく目を見開いているキュルケ。普段通りの無表情な唇の端に、ほんの僅かに笑みを乗せているタバサ。 ゴーレムを構成していた魔力も消し飛んだ土塊の小山は、もはやぴくりとも動かない。 「…………勝っ、た…………?」 まだ杖を突き出したままだったルイズの手が、くたり、とジョセフの肩に落ちた。 「勝った、わね……」 キュルケが、ごくり、と唾を飲み込んだ。 「勝った」 タバサが、こくり、と頷いた。 「ああ。わしらの勝ちじゃ」 ジョセフが、にやり、と笑った。 キュルケは花火のように歓喜を爆発させて、手近にいるタバサに抱き付いた。 「タバサタバサタバサタバサっ! やった、やったわよ、ルイズがやったわ!」 「見たら判る」 そう言いつつも、タバサはシルフィードを着地させる。まだシルフィードが着地しきってないのにキュルケは待ちきれないとばかりに地面に降り、二人に向かって駆け出す。 まだルイズは今起こったことが信じられないようで、ジョセフの背から降りてもこれが現実かどうか確かめようとほっぺたをつねって痛がっていた。 「ルイズルイズルイズルイズっ! あんたやったじゃない! やったわよあんた!」 小柄な身体を力いっぱい抱きしめると、そのまま勢い良く振り回す。 「ちょっ! やめ、目が回るっ!」 ルイズの抗議もなんのそのとばかりに振り回しているキュルケをよそに、ゆっくりと三人に歩いていくタバサ。 そんな時だった。 微笑ましげに少女達を見守っていたジョセフは、まるで操り人形が突然糸を切られたかのような唐突さで、地面に倒れ伏した。 「……え?」 やっとキュルケから解放されたルイズも、まだ抱きしめ足りないとばかりにもう一度ルイズを捕まえようとしていたキュルケも、やっと三人の近くにやってきたタバサも。 一瞬呆然と倒れたジョセフを見た後、慌ててジョセフに駆け寄って跪いた。 「ちょっ! ジョセフ!? ジョセフ!」 パニックになってジョセフの身体を両手で揺さ振り、懸命に名を呼ぶルイズ。 「ウソでしょ!? どうしたのよダーリン!」 キュルケも今起きた事態を把握すると、ジョセフから顔を上げてタバサを見た。 「……脈は、ある」 ジョセフの手首をつかんだタバサが、彼女には珍しくルイズにも判るほどの焦りを見せていた。ジョセフはルイズ達の呼びかけにも返事をせず、ただ目を閉じて倒れ伏していた。 「早く学院に連れて帰るのよ! 治癒してもらわなくちゃ!」 「判ってるわ! ジョセフをレビテーションで……!」 キュルケの声に、タバサが急いでレビテーションの魔法をかけようとした時、何者かがゆっくりと近付いてくる足音が聞こえた。 精神力もほとんど使い果たした三人は、それでも反射的に足音の主に杖を向けた。 だが、向けられた杖はゆっくりと下ろされることになった。 「……ミス・ロングビル……?」 その足音の主は、三人がよく見知った女性だったからだ。 魔法学院学院長オスマンの秘書である、ミス・ロングビル。 よくオスマンにセクハラされては彼を容赦なく殴り倒す、緑の髪に眼鏡の美女を見間違えるはずはない。 どうしてこんなところに? という疑問を三人が抱いたのも仕方がない。 しかしロングビルは、三人と、地面に倒れ伏したジョセフを一瞥し。 唱え終えていた呪文を完成させた。 その瞬間、彼女の横の地面が凄まじい勢いで隆起し。三人の少女が呆然と見上げる前で、あまりにも見覚えのありすぎるゴーレムが、立ち上がった。 「…………ど、どうしてっ…………」 呻きにも似た絶望的な声が、ルイズの唇から漏れる。 「ジジイがそのザマじゃあ、もうあたしの勝ちは決まったようなモンさ。あの時にちゃんととどめを刺しとけばこんな事にゃならなかったがねッ」 清楚で理知的な雰囲気はかなぐり捨て、汚い口調で吐き捨てるロングビル。 「ミ……いや、ロングビル! あんたがッ……フーケだったっての!」 キュルケの詰問に、ロングビルだった彼女は、嫌らしく笑った。 「その通りさ。あのドスケベジジイのセクハラされながらやっと破壊の杖を手に入れたってのに、まさかこんなに早く追いつかれるとは予想もしてなかったさ。しかも私のゴーレムが吹き飛ばされるだなんて、もっと思ってなかったがねッ!」 だがフーケは自分の勝利を信じて疑わない笑みで、ルイズ達に杖を向けた。 「だがあたしはまだゴーレムを用意できる! アンタ達にはジジイがいないッ! これがどういうことか判るかいッ! あたしはここでアンタ達を始末して、何食わぬ顔で学院に戻るッ! そして秘書ヅラして適当な教師を案内して、破壊の杖の使い方を吐かせるのさッ!」 勝利を確信したフーケは、自分の計画をさも楽しげに紡ぎ、貴族の小娘達を屈辱と敗北に塗れさせる言葉を投げていた。 だがフーケの期待とは裏腹に、三人はただ黙って聞いているだけだった。 そしてその瞳に、恐怖や怯えは全くない。それがロングビルの怒りを煽り立てる。 不意に、三人が、口を開き。全く同じ言葉を言ってのけた。 「次にお前は『このクソガキどもがゴーレムで踏み潰してミンチにしてやる』と言う」 「こっ……このクソガキどもが! ゴーレムで踏み潰してミンチにしてやッ……はッ!?」 今から言うはずだった言葉を言い当てられて虚を付かれる。 「ファイアーボールッ!」 フーケが我に帰った瞬間、ルイズの魔法が炸裂し、爆風がフーケが一瞬前にいた空間で炸裂する。 「こッ……このクソガキがァーーーーーーッッッ」 爆風から間一髪逃れたフーケは、すぐさま三人めがけて魔法を撃とうとし……晴れていく土煙の向こうに、信じられないものを見た。 三人の少女は地面にしゃがみこみ、両手で耳を塞いでいる。 そしてその後ろには、確かに自分が盗み出したはずの破壊の杖を構えているジョセフ―― 凄まじい爆音が轟き、自慢のゴーレムの上半身が消し飛んで。下半身しか残っていないゴーレムが土塊の山に戻る光景さえ、満足に見届けることが出来なかった。 フーケは知らない。ジョセフが倒れたのは自分を誘い出す為の罠だった事を。倒れたままハーミットパープルを三人の後頭部に這わせ、骨伝導の理論を用いて言葉を伝えていたことを。 何より、ジョセフに三回も同じ手を使うことは、凡策を通り越して愚策だということを。 次の瞬間、デルフリンガーを構えたジョセフがフーケの眼前に飛び込み……デルフリンガーの柄が、彼女の鳩尾にめり込んでいた。 「ま…これで戦いの年季の違いというのがよおーくわかったじゃろう。『相手が勝ち誇ったときそいつはすでに敗北している』、これがジョセフ・ジョースターのやり方。 老いてますます健在というところかな」 その言葉を最後まで聞くこともなく、フーケは土塊の残骸に崩れ落ちた。 To Be Contined →
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「宝探し?」 三日振りに六人が揃った朝食の席で、唐突な話題を振ったのはジョセフだった。 ジョセフが持参した紙袋には、変色したり所々破れたりする地図がたっぷり詰まっていた。 「おう、トリスタニアで色んな店回ってたらすっげェ胡散臭い『宝の地図』なんか売ってたんでな。せっかくじゃから魔法屋に情報屋に雑貨商に古本屋に露天の出店まで虱潰しにかき集めてきた」 イシシ、と笑うジョセフに、ギーシュは呆れた顔でパンを千切った。 「全く、そんな紛い物の地図を買ってきたのかい? 出鱈目な古地図を『宝の地図』だなんて売り付ける商人なんて数え切れないよ。騙されて破産した貴族だって同じくらいいるんだぜ」 「そりゃそうじゃろ。わしだってお宝なんて見つかるたぁこれっぽっちも思ってない」 言いだしっぺなのにあっさりと宝探しの意義を否定するジジイにも慣れたもので、誰もツッコミを入れずに食事を続けていた。 「まー宝探しってのは実は二の次でな。この部屋から出られん王子様の気晴らしにちょっとした旅行なんか考えたんじゃが、ただ旅するのも芸がない。そこにこんな胡散臭ぇ宝の地図なんて見つけちまったからしょうがないじゃろ」 何がしょうがないのかちっとも判らないことも、全員当然のようにスルーした。 「でもダーリンの言う事ももっともだわね、私達が帰ってきてから王子様はずっとこの小さな部屋に閉じ篭ってるもの。たまには外の空気を思い切り吸うのもいいんじゃないかしら?」 ちらり、とシナを作った流し目でウェールズに微笑みかけるキュルケ。 当のウェールズは紅茶の満たされたカップを手に持ったまま、薄い苦笑を浮かべた。 「レコン・キスタと戦っていた頃に比べれば、この部屋はまるで天国のような心持ちだ。ミスタ・ジョースターが思っている以上に快適な環境で有難いと感じているよ」 紅茶で喉を潤してから、ウェールズはジョセフを見やる。 「だが、宝探しと言う単語には興味がそそられた。そんな言葉は物語の中でしか聞いた事がないからね、一度宝探しと言うものを体験してみたい」 主賓が賛成してしまえば、宝探しの実行は決定事項となった。 「よし、決まりじゃな。わしと殿下以外に参加したいのはおるかな?」 使い魔が行くってなら、主人も参加しなくちゃいけないわね」 部屋の中でも帽子を被ったままのルイズが、澄まし顔で参加を表明する。 「タバサも行くわよね、はい決定」 サラダを黙々と食べているタバサは、勝手に自分の参加を決めるキュルケの物言いに異論を挟むこともない。 「ギーシュ、お前はどうするんじゃ?」 「僕かい? んー……率直に言えば、十中八九骨折り損のくたびれ儲けになるとは思ってるんだがね。面白そうだから、お宝は期待しないで行くことにしよう」 ギーシュは苦笑しつつ、背凭れに体を預けた。 「よし、んじゃ決まりじゃな。じゃー後で学院長ンとこ行って、殿下連れてキャンプに行くからって外出の許可も貰っとこう。学院長に根回ししときゃサボリも余裕じゃよ」 前途ある若者にサボリを推奨するダメなジジイであった。 「ところで」 デザートのプティングをスプーンで切り崩し、ルイズがゆるりと手を上げた。 「この中でまともに料理が出来る人がいるのかしら? 地図の枚数からすると最低でも一週間くらいは宝探しすることになりそうだけど、まさかその間保存食ばかりというのは遠慮したいわ」 「わし一応料理できるぞ。ここに召喚されるちょっと前までキャンプや自炊しとったし」 胸を張って断言するジョセフに、ルイズはあくまで冷静に言葉を続けた。 「贅沢は言わないけど、私達を満足させられるくらいだったら文句はないわ。最低でも今食べてる料理くらい作れるんでしょうね?」 ぐ、と言葉を詰まらせた使い魔に、ルイズはふぅ、と漏らしたため息でカップの中で揺らめいていた湯気を散らした。 「さすがに厨房のコックを連れて行くわけにもいかないし。……そうね、この前、アンタに料理作ってくれたメイドいたわよね。ジョセフが頼めば来てくれるんじゃないかしら? まさか平民が王子様の顔知ってるはずもないし、問題ないわね」 この場にいるほとんどの人間が聞き流す何気ない言葉に、口端を愉快げに吊り上げたのはキュルケだけだった。 「シエスタか? じゃあわしが聞いてみよう。来てくれんかったら食事係はわしっつーコトでカンベンしてくれよ」 そこからおおよその計画が決まったところで、その日の朝食はお開きとなった。 次の夜明け前の出発までに各々旅の準備を終えておくということで、授業に出る少年少女に代わって言いだしっぺのジョセフが出発前の準備に動き回る。 ジョセフの話を聞いたオスマンが「わしが言える義理もないが、ジョースター君は大分フリーダムじゃなあ」と呆れた声で苦笑するのを「よく言われます」と笑い飛ばした。 続いてシエスタを旅に誘うと、嬉しそうに快諾した。ただ同行するメンバーにルイズがいると聞いた瞬間に「わ、私が行って大丈夫なんでしょうか?」と怯え出したのを宥めるのに少々時間を要してしまったが。 それから昼食の仕込みで大わらわのマルトーの所に行き、一週間ほどシエスタを連れて旅行に行く旨を伝えれば実に快く快諾したばかりか、弁当まで用意してくれると至れり尽くせりの振る舞いを受けた。 そして次の日の夜明け前、七人と二匹の使い魔を乗せたシルフィードは学院を後にしたのだった。 * 「いやー、はっはっは。今回も大ハズレじゃったなあ」 「いくら宝の地図がインチキばかりだと言っても、ここまでヒドい地図ばかりだとは思っていなかったよ。ここまで来るとジョジョがわざとヒドいのばかり選りすぐったんじゃないかと勘繰りたくなるね」 陽気に馬鹿笑いするジョセフに、ギーシュが冗談交じりのツッコミを入れた。 日はとっぷりと暮れており、シチューの鍋がくべられた焚き火を囲んだ一行は食欲をそそる匂いが漂う中で歓談を交わしていた。 ジョセフが意気揚々と用意した宝の地図は、結果から言えばハズレばかりだった。 学院を出発してから十日続いた冒険だが、地図に書かれた場所はどれもこれも化物や猛獣の住処になっており、それらの脅威を排除しても目ぼしい宝物など手に入らなかったのである。 今日も打ち捨てられた開拓村の寺院に住み着いた十数体のオーク鬼の群れを殲滅したのはいいが、手に入ったのはそこらの露店でも売っていないみすぼらしいアクセサリーが幾つか。 かけた手間と時間に見合った報酬とは誰一人思っていない。 とは言え、三人のトライアングルメイジを含むメイジ五人、強力な炎を吐くフレイムに地中を自在に移動するヴェルダンデ、戦術指揮担当のジョセフの一行はそれほどピンチらしいピンチを迎えることもなかったのだが。 最初の内こそはキュルケやギーシュがまだ見ぬ宝物に目を輝かせていたが、中盤からは「危険に対していかに対処するか」という点に楽しみがシフトしていた。 地図に書かれた場所を見つけ出し、事前調査を踏まえて情報を得、危険をどう排除するか。 真正面から立ち向かえば命が幾つあっても足りない化物をどう罠にかけ、いかに手を汚さず倒すか。全員で額を寄せ合ってアイディアを出し合い、組み立てた戦術に敵を嵌めるか。 今日の敵であったオーク鬼も、平民だけではなくメイジにも脅威となる怪物である。 身の丈は二メイルほど、体重は普通の人間五人以上。全身を分厚い脂肪に包み、脂肪の下に強靭な筋肉を持つ彼らは、豚のように突き出た鼻と、豚のような呻き声を立てる醜悪な顔も持ち合わせている。 太りに太った人間の頭を豚に挿げ替え、二本足で立つ姿はほぼ全ての人間に対して嫌悪と恐怖を与える代物であった。 標準的なオーク鬼一匹を相手にするには、人間の戦士なら最低五人は必要と言われている。 少々の武器では脂肪と筋肉の鎧に阻まれて致命傷を与えるのは難しく、人間の体重分は優にある棍棒を振り回す膂力も持ち、かつ人間を餌とする激しい凶暴性と、それに反比例する低い知能。 宝の地図が指し示す目的地である寺院にオーク鬼が巣食っていると判った時も、一行の顔にはさしたる変化はなかった。 寺院を囲む森を上空から調査した後、森を散策して草やコケを一抱えほど採取し、それらを材料として即席の煙幕弾を作成する。 寺院の入り口を取り囲むように七体のヌーベルワルキューレを配置し、寺院の入り口から見えやすい正面の地中をヴェルダンデに掘らせ、幅広く深い空洞を作り上げる。 地中から掘り出した土を錬金した油を空洞に注ぎ直し、準備は完了した。 寺院から見て落とし穴の対岸に配置した二体のワルキューレの中央にはジョセフが立つ。 他の隠れた場所に陣取ったワルキューレの横には、メイジ達が一人ずつ立っている。 木の陰に隠れたキュルケが門柱の隣に立つ木を火の魔法で吹き飛ばしたのを合図に、ルイズとジョセフは用意していた種火で煙幕弾に火をつけ、他のメイジ達は手短な魔法で火をつけた。 寺院の中から一斉に飛び出してきたオーク鬼達へ放たれた七個の煙幕弾が、灰色の煙を撒き散らしながら彼らの足元へ落ちる。 突然オーク鬼達を巻き込んだ煙は彼らの視界を奪うだけではない。煙幕弾の材料の中には、森に自生していた唐辛子も混ざっていた。例え強靭な肉体を持つオーク鬼と言えども、目や内臓などの粘膜に関しては他の生物と大差ない。 カブサイシンがたっぷり入った煙は、オーク鬼達に今まで受けたことのない類の痛みを与え、同時に彼らの低い知性では拭いきれない致命的な混乱をも与えた。 そうなれば後は七面鳥撃ちの時間である。 ヌーベルワルキューレは自分の身体からもいだ青銅の砲丸を装填しては発射し、生半可な武器では傷つくことのないオーク鬼達を滅多打ちにする。特にジョセフが扱うことでガンダールヴの能力で強化されたボーガンの放つ砲丸は、脂肪と筋肉の鎧を容易く撃ち抜いた。 当然ながら、メイジ達の魔法も次々にオーク鬼達に連射される。ワルキューレを錬金して精神力の枯渇したギーシュ以外のメイジは、三人のトライアングルメイジと爆破の威力には定評のあるルイズである。 風の刃が首を落とし、炎の弾丸が頭を吹き飛ばし、無数の氷柱が全身を貫き、脳味噌が直接吹き飛ぶ。 オーク鬼達が寺院からおびき出されてから数分も経たない内に、十数体いた彼らは入り口の前で様々な死因を晒すこととなった。 しかしそれでも、旺盛な生命力を持つオーク鬼である。大火傷を負い、砲丸を全身に受けながらも辛うじて生き残った一匹が、仲間達を殺すのみならず自分をこれほど痛め付けた人間に復讐すべくその手に棍棒を握り締めて走った。 怒りに燃えるオーク鬼は真正面に立っていた図体の大きい老人目掛けて走っていき――地面を踏み抜いて4メイル下の地面に叩き付けられた時に死んでしまわなかったのが、このオーク鬼生涯最後の不運だった。 そこに落とし穴から這い上がることも許されず、油塗れになった生き残りはフレイムの吐いた炎で全身を改めて焼かれ、今度こそ絶命した。 こうして襲撃をかけられたオーク鬼達が文字通り全滅したのに対し、襲撃側の人間達は死人の一人も出さなかったばかりか、手傷一つ負わなかったのである。 「骨を折るほど損はしなかったけど、くたびれ儲けはあったわね」 この十日間で手に入れた宝物とはとても言えないガラクタの詰まった皮袋をじゃりんと揺らし、キュルケが笑う。 「さて、目ぼしい地図も大体消化したことだし。今日はここでキャンプしてから、懐かしの学院に帰るとしましょうか」 「ああ、そうだね。私もいい気晴らしが出来た。君達の様な友人を持てた事を始祖に感謝しよう」 旅の終わりによく口にされる類の言葉を紡いで微笑むウェールズに、子供じみた笑顔のジョセフが真っ先に答えた。 「いやいやそう言って貰えると照れますのォ」 「主人として、多少は謙遜とかそういう類の言葉をいい加減覚えるべきだと思うのよね」 ルイズは七十前には到底思えない使い魔をからかった。 シエスタは積極的に会話に参加することはないものの、貴族達のやり取りを微笑ましげに眺めていた。 最初のうちこそは貴族と使用人という身分の差をひしひしと感じていたものの、ジョセフが間に入ることによってある程度の親睦を交わせていた。 旅が始まった時にはルイズがいつ癇癪を起こすかビクビクしていたシエスタも、初日の朝方にルイズ自身が譲歩する言葉を述べたので、ある程度は安心を持つことが出来た。 曰く、「人に嫌われる使い魔より人に好かれる使い魔の方が主人としてもいいに決まってるわ。でもまた私が怒らない保証はしてあげられないけど」。 仲良くするのは構わないがあまり近付き過ぎるな、と釘を刺した形となる。 シエスタとしても、ジョセフはあくまで『憧れの人』の範囲を出ていない。憧れと一概に言っても、顔を見たこともない王族や威張ってばかりの貴族達に何倍もの差をつけた上での堂々一位である。 しかしそれは、年頃の少女がアイドルやスターに関して抱くものとほぼ同じであり、恋愛対象としては完全に外れていた。 タルブという田舎の村出身の少女にとって、例えジョセフが貴族と渡り合えてかつ人当たりの良い人気者と言っても、自分の父親どころか小さい頃に亡くなった祖父よりも年上という存在といい仲になりたい、という考えには至らないし、至れない。 魔法を使えない平民にとって、老いると言う現象がどのような意味を持っているのか、小さい頃から隣人を見てきたから十分に理解している為である。 第一印象こそは大人しそうで純朴な雰囲気を持つ少女だが、意外と大胆で手段を選ばない内面を持っている。これでジョセフが若ければ、一緒に食事をした日に服を脱いで実力行使に出たかもしれないが、彼が老人だからそのような暴挙には出なかったのだった。 シエスタはルイズに対し、「今後気をつけます。申し訳ありませんでした」と頭を下げた。 貴族であるルイズが大幅に譲った形で寛大な処置をしたのに対し、平民であるシエスタは自分の非を認める形で謝罪をする。それでこの件は決着と相成った。 そしてシエスタの作る料理を「……確かに美味しいわね」と、微妙な顔をして認めたのはルイズなりの賞賛だということを、シエスタが理解したのは旅も半ばに入ってからだった。 「皆さん、食事の準備が出来ましたよ」 この十日の旅の間で、シエスタの料理の腕は同行者全員が認めるところとなった。 一行がオーク鬼達を罠にかける準備をしている間、シエスタは野兎を罠にかける準備をし、森の中で煙幕弾の材料を集める横でキノコや自生のハーブなど様々な食材を獲得していた。 それらを入れたシチューに、唐辛子に様々な香辛料を調合したソースを好みでかけて食べる今夜の食事は、舌の肥えた貴族達にも絶賛の出来であった。 「うん、君の作る料理は美味いね! 特にこのソースが絶品だ、ピリッとした辛味がまた食欲をそそる!」 ギーシュがシチューをがっつきながら、調子に乗ってソースをかけすぎてむせた。 「これだけ美味しい食事が、この森の中で取れた食材だけで作っているとは大したものだよ」 シチューに舌鼓を打つウェールズに、シエスタははにかんで答えた。 「田舎育ちなもので、小さい頃からこうやって食事の材料を取るのに慣れてるんです」 シエスタには、ウェールズはルイズの友人の友人という扱いになっている。 一般的な平民は、隣の国の王子様の顔どころか名前も知らないのが当たり前だった。 「私の故郷の村……タルブって言う村なんですけど、名物料理なんですよ。季節の野菜やキノコにハーブを組み合わせているので、季節によって味が変わるんです。ヨシェナヴェ、って言うんですよ」 「へえ、あなたタルブの出身なの?」 シエスタの言葉に出た単語を、キュルケが耳ざとく聞きつけた。 「タルブってワインが名物だって聞いてるわ。そうね……何本か買って帰るのもいいかもしれないわね。みんな、明日はタルブに寄ってから帰るのはどう?」 特に異論も出なかったので、明日の朝にタルブに向かうことが決定した。 タルブはラ・ロシェールの近くにある村で、シルフィードを飛ばせば学院からも一日足らずの距離になる。旅の最後の日は村でゆっくり泊まって、それから学院に帰る事も決まった。 そして食事を終えると、夜中の見張りのローテーションを決めてから中庭に張ったテントにそれぞれ入る。 四つ張られたテントの組み合わせはルイズとジョセフ、キュルケとタバサ、ウェールズとギーシュ、シエスタと使い魔達という組み合わせであった。 シエスタはこの旅の間、貴族達だけではなく使い魔達とも交流を深めている。使い魔の契約を交わしたことで、野に生きていた頃と比べて高い知性を獲得しているとは言え、美味しい食事を分けてくれる相手に懐くのは動物として当たり前の習性だった。 今夜のルイズとジョセフの見張りの順番は一番最後に決まったので、睡眠時間を確保する為に主従は毛布に横たわる。当然のようにジョセフの腕に頭を乗せたルイズは、ふぁ、と欠伸をした。 「もうそろそろ旅も終わりね……。帰ったら詔を仕上げなくちゃ」 旅に出た時も始祖の祈祷書とにらめっこをしていたものの、特に結果が芳しくならなかったので、三日目が過ぎた辺りで大胆に諦めることにしたルイズである。 「大変じゃなあ」 他人事丸出しで気のない相槌を打った使い魔に対する仕打ちは、脇腹チョップである。 「だってわし関係ないじゃあないか」 「うるさいわね、主人が大変な思いしてるのに相変わらず暢気な顔してるのがムカつくのよ」 「うわすげェ八つ当たり」 「うるさいわよ」 そんなやり取りを終えると、今度はさっきより大きい欠伸をした。 「……ま、どうせ学院にいててもこの様子じゃ詔なんて考えられなかっただろうし。気晴らしにはなったから、誉めてあげる」 「お褒めに預かり光栄の極み」 「そうね、自分の物見遊山に私達を巻き込んだのは不敬の極みだけれど、楽しかったから不問に処すわ」 何でもないことのように放たれたルイズの言葉に、ジョセフは幾つかの言葉を選んでから、ニシシ、と笑った。 「……バレてた?」 「バレるも何も。この旅で一番トクをしたのは誰かって考えたら明らかにアンタじゃない。私が考えるに、こっちの世界の見物をしたいと思ったら、一人で行くより私達メイジを連れて行った方が何かと便利だと考えるのは当然だわ。 でも遊びに行くから付いてきてくれ、だけじゃ一緒に来るかどうかはちょっと怪しいから、宝の地図をダシにしてウェールズ様を誘ったってワケね。で、その場に居合わせる私達を一人ずつ切り崩していけば全員が儲けも何もないって判りきった宝探しに付いて来た、と」 どう? と悪戯っぽく笑ったルイズの頭を、もう片方の手を伸ばして撫でた。 「そこまで理解してたら十分じゃ。わしも毎日授業してた甲斐があるってモンよ」 くすぐったげに目を細めたルイズは、けれども少し物憂げな顔でジョセフを見た。 「……ねえ。姫様の結婚って……止められないの?」 優しげな手付きでルイズの頭を撫でていた手が、髪にかかったまま止まる。 「ふむ。わしもどうにか出来ないかと色々考えちゃあみたんだが……」 言葉を濁したジョセフの言葉を、ルイズが続けた。 「どうにもならないのね?」 「……ぶっちゃけるとそーなる」 何も言わず責めるような瞳に、ジョセフは唇を尖らせた。 「そんな顔されてもどーしよーもないモンはどーしよーもない。もしお姫様を浚って逃げたところで何も問題は解決せんどころか、問題は悪化する。ゲルマニアとの同盟条件としての政略結婚だからな。 ここでもし同盟が破談になったとしたら、トリステインはレコン・キスタに滅ぼされる。その後はどうなるか、賢いルイズなら説明されんでも判るじゃろ?」 「……ならいっそ、ニューカッスルでやったみたいなスゴいコトをやってみせてよ」 「ありゃあどうやっても全員討ち死にってのが確定してたところに、無理矢理ハッタリ利かせて上手く騙したから出来たんじゃ。 今の状況を何とかしようとするなら、それこそわしが国の全権を任された上で時間があれば何とか出来んこともないだろうが、そいつぁ無理な相談だ」 桃色の髪を撫でていた手がそっと離れ、どちらのものとも判らない溜息が漏れた。 「色々考えちゃみた。いっそアルビオンに単身乗り込んで次から次へとレコン・キスタの貴族を暗殺してみりゃちったぁ足止まるかもとかな。だが対症療法でしかない。本当にこの状況ひっくり返すには奇跡の数が足りん。 今日のオーク鬼倒すのに、煙幕弾もヌーベルワルキューレも杖もナシで武器だけ持って真正面から前に出なくちゃならんくらいの状況だ」 普段から気楽なジョセフが、真剣な顔をしてそう言うのならそうなのだろう。 ルイズは悲しくなって、ジョセフの肋に手を回して顔を埋めた。 貴族とはいざという時に身を捨てる覚悟がいるのだと、両親から教えられてきた。貴族を束ねる王族は、それ以上の覚悟を持たなければならないということも。 けれど、判っていた事とは言え、やはり悲しいものは悲しい。 せっかくウェールズを救い出して来たと言うのに、愛し合う二人がこんな事で引き裂かれるのを見なければならないのは……判っていても、悲しいのだ。 この旅の間、一緒に過ごしてきたからよく判る。アンリエッタがウェールズを好きになってしまうのは自然なことだ。誇り高くて優しくて、なのに偉ぶったところがない。 国が滅んで、愛する人が手の届かないところに行こうとしているのに、その悲しみを見せず何事もないように振舞っている。 アルビオンから戻ってきた森の中で思わず漏らした言葉が、そう容易く変わるはずはない。今でも王子の心の中には、辛い痛みが存在しているのに、その痛みを優しげな微笑みで隠している。 そんな王子様の振る舞いを見ていれば、どうしてこんな優しい王子様が幸せになれないのか。そう考えるだけで、胸ごと心が締め付けられるように悲しくなった。 「……あー、ちょっといいかい」 地面に置かれたままのデルフリンガーが、ちらり、と鞘から刀身を覗かせる。 「なによ」 ルイズはジョセフに抱きついたまま、そちらに視線を向けようともしなかった。 「なんだろうな、せっかく宝探しの旅に出てるってのに俺っちだけホント蚊帳の外でよォー。どうしてガンダールヴが剣使わないで頭使って戦ってんだ? こう肉とか骨とかズバァーッって斬りたいのよ、曲がりなりにも伝説の剣としての存在意義があるわけじゃん?」 ここまでの宝探しの旅で、一度も血に塗れるどころか何も斬ってすらいないデルフである。今回の持ち主であるジョセフが近接戦闘よりも遠距離戦闘や策略を得意とする使い手の上、魔法を使う敵がいないのも伝説の剣の出番をより少なくしてしまっていた。 用心の為に抜かれることはあっても、剣が届く距離に敵がやってくる前に魔法やらハーミットパープルやらが決着をつけてしまう十日間であった。 「相手の手の届かないところから攻撃するのは戦術の基本の基本の基本じゃからしょーがないじゃろ」 「いやそりゃあそーだけどよォ……まあいいや、わざわざそんな話をする為に出てきたんじゃない。俺っちも伝説の剣なワケだし、相棒も最近はどうも俺っちないがしろにしがちだが、伝説の使い魔なワケだ。これってけっこう偶然にしちゃ出来すぎてね?」 「……何が言いたいのよ」 「あれよ。物事って動き出すまではドッシリ構えてビクともしねえが、一度動き出したらものすごい勢いで転がってくモンだってことよ。で、転がってる真っ最中って意外と転がってるコトに気付かないモンさ」 顔もないくせにしたり顔で喋るデルフリンガーに、ルイズは無言で手を伸ばすとデルフリンガーの鞘と柄を掴んだ。 「待て! まだちょっと待って! メイジが呼び出せる使い魔ってメイジに見合った使い魔が来るんだよな! だとしたら、伝説の使い魔を呼び出せた娘っ子は――」 「気休めは必要ないわ」 なおも言い繕うとした剣の言葉を氷を思わせる響きの言葉で掻き消して、ちゃきん、と鮮やかな鍔鳴りを立てて鞘に収めてしまった。 その後、テントの中に言葉はなかった。 ルイズはもう何も喋る気持ちになれなかったし、ジョセフも無言で抱きついて来るルイズに腕を貸すだけだった。そしてデルフリンガーも、それ以上は何も言わず鞘の中に納まっていたのだった。 * コルベールのフットワークは軽い。 魔法学院で教鞭をとる教師という人種は、主に伝統と格式を重んじる。そしてその伝統と格式はかつて名のあるメイジによって記された書物と、何より由緒ある血筋の貴族の側にあると信じて疑わない。 つまり実力あるメイジは自らの魔力の他に、図書館通いと派閥構成に長けた者が自然とそう呼ばれることになる。現在のトリステインでは、派閥構成の方が圧倒的な重きを占めてしまっていたが。 この範疇でくくれば、コルベールは実力のないメイジという扱いをされてしまう。 図書館通いこそは教師だけではなく、図書館に永住しているとさえ言われるタバサに匹敵するだけの実績はあるものの、派閥構成という重要なカテゴリーを彼は完全に放棄していた。 それどころか、訳の判らない研究に没頭して先祖伝来の領地や屋敷まで手放したコルベールを、どの派閥も表立って口にしないが良くて軽んじ、悪ければ蔑視していたことは紛いない事実であった。 だが当のコルベールは、そのような事に頓着する気配さえない。色々実験してみたいアイディアが山のように積み重なっている為、そんなどうでもいいことにかかずらっている暇はないからだ。 特に異世界から来たと言う異邦人がもたらしてくれた技術と希望は、彼の研究意欲をこれまでにないほど加速させてくれていた。 今まで誰も理解してくれなかった自分の研究を絶賛し、しかも行くべき方向が間違っていないことを教えてくれた友人に、せめて何か礼をしたいという気持ちが芽生えたのは、一般的な貴族の範疇から外れているコルベールにとっては当然のことだった。 少し自分の研究の手を休め、図書館で異世界に関係しそうな書物を調べていたコルベールは、程無くして奇妙な伝説を発見する。数十年前、東方から現れた巨大な鳥のような存在が二つ、ハルケギニアを飛んでいたと記された書物に行き当たったのだ。 それは風竜のような速度で空を飛び、上空を飛び去ってから数秒後に雷のような轟音を大地に響かせた。そのうちの一つはやがてラ・ロシェール付近の草原に降り立ったが、もう一つは日蝕が作り出した闇の輪の中へと飛び去り、姿を消したと言う事だった。 そして大地に降りた「それ」からは一人の男が現れ、タルブ村に住み着いた。二度と空を飛ぶことのなかった「それ」は『竜の羽衣』と呼ばれて現在でも村の名物として拝まれている、と言う下りで締められていた。 「もしかすればミスタ・ジョースターの言う異世界に関係するものかもしれない!」 普通のメイジなら眉唾か与太話として切って捨てるところだが、コルベールは本を本棚に戻した数分後にジョセフにこの話を伝えるべく走り出していた。 しかしジョセフは主人や友人達と共に、泊りがけの研究旅行に行ってしまって不在だった。 ここでコルベールが持ち合わせていた高い行動力は、黙ってジョセフが帰ってくるのを待つなどという悠長なことはさせない。すぐさま旅の準備を済ませると、馬に乗ってタルブの村へと出発した。 それがジョセフ達がオーク鬼達討伐作戦にかかる前日の話であった。 ――物事って動き出すまではドッシリ構えてビクともしねえが、一度動き出したらものすごい勢いで転がってくモンだってことよ―― To Be Contined → 戻る
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手を使わずに、ペンを動かす。 これは別に何ら奇妙なことではない。 メイジは、ある程度なら簡単に自動書記が可能であり、あらかじめ鍛錬した動作であれば、軽く杖を振っただけでそれをトレースすることが出来る。 貴族は、その格式の高さから、封書を閉じる封蝋(ふうろう)と、その上に判子を押すという一連の動作を魔法で行う。 王族に近いヴァリエール家の者であれば、嗜みとして当然のことであったが、ルイズにはそれが出来なかった。 魔法成功率0%と呼ばれるだけあって、呪文を用いる魔法はほとんど爆発してしまう、呪文を用いないごく簡単な魔法は、発動すらしない。 そんなわけで、授業では必ず自分の指を使ってノートを取るルイズだったが、今日は違った。 最初に異変に気づいたのは『風上のマリコルヌ』だった。 トリスティン魔法学院では、様々な魔法薬の講義も行っているが、魔法薬の材料となる薬草、秘薬、その他の材料をいちいち消費するわけにはいかない。 黒板の前で大きな巻物が宙に浮き、そこには様々な素材のイラストが描かれている。 さながら写真のような精密さだ。 メイジは得意とする属性とは関係なく、魔法に関わる全般に詳しくなければいけない。 しかし彼らは自分の得意分野以外にはあまり興味がない、魔法薬を専門に学ばない限り、微細な特徴まで知る必要はないと考えているのだ。 ルイズはその中でも異端の異端、得意とする属性すら分からない状態なので、どんな種類の講義でも真面目に受けてようと努力していた。 この『イラスト』に関してもだ。 マリコルヌは、ふとルイズの席を見た。 さっきからペンを走らせる音が妙に大きいからだ。 ルイズの席は列の一番奥だが、その周囲2席分には誰もいない、何度も爆発騒ぎを起こしたルイズのそばに座る者は皆無なのだ。 間を2席開けて座っていたマリコルヌは、音の招待に気づいて驚いた。 シャシャシャシャ、ではなく、シャァァーーー、と音を立ててペンが紙の上を走っている。 ルイズも魔法が使えるようになったのか! と驚いたマルコリヌは、好奇心からルイズの席に近づくことにした。 席を一つ詰め、二つ詰め、ルイズの隣に座り、ノートをのぞき込んだ。 そこに描かれているのは教材のイラストと同じイラストだった、そのあまりの見事さに、風上のマリコルヌは思わず声を上げた。 「すごい…」 それに驚いたのはルイズだった、ぼーっと授業を受けていた彼女は、隣にマリコルヌが座っていることに気づいていなかった。 しかもノートをのぞき込んでいるのだ、声に驚いたルイズはマリコルヌを見、マリコルヌはルイズを見た。 その距離5cm。 「ぎゃあああああああああああああああ!!」 バッキョォォォォォォォン! 「タコスッ!?」 およそ貴族らしからぬ悲鳴を上げたルイズは、ノーモーションからのアッパーカットをマリコルヌに放った。 まるで分厚い鉄板に銃弾が当たったような音が響き、マリコルヌの体は宙に浮いた。 風上から風下に風がながれるが如く、上流から下流に水が流れるが如く、宙に浮いたマルコリヌの体は回転しながら床へと落下した。 「な、なんだっ!?土くれのフーケか!?」 驚いたギーシュは杖を手に取り臨戦態勢を取った。 キュルケもまた杖を構えて周囲を見渡す、よだれの跡を誤魔化しながら。 タバサは今日の授業も終わりかやれやれと言った表情で、ノートを片づけ始めた。 ルイズとマルコリヌを後ろから見ていたモンモランシーは、マリコルヌが授業中突然ルイズにキスしようとしたと説明し、マリコルヌは不名誉な烙印を押されてしまった。 そしてルイズは、モット伯の館で紛失してしまった杖を新調するためには、時間と手間のかかる『契約の儀式』を行わなければいけないと思いだし、ため息をついた。 放課後、杖を新調し、さて魔法を使うぞと意気込んだルイズは、魔法学院の外に直径20m程のクレーターを作ってしまった。 意気消沈するルイズに、見物に来ていたギーシュは「もう君を馬鹿にする者はいない、君は今日から爆発のルイズだ!」と言ったため、レビテーションもフライも使うことなく爆風によって宙を舞った。 それを見ていたキュルケは破壊力に驚き 「凄いわねえ、あれならトライアングルクラスのメイジでもイチコロよ」 と感心していた。 そしてタバサは、いつか役に立つかもしれないと思い、あの魔法の出し方をルイズに教えてもらおうなどと考えていた。 その晩。 思い通りに魔法が使えないルイズを慰めようとして、キュルケはルイズを馬鹿にし、タバサはかなり真面目に爆発魔法を教えてもらおうとしていた。 「あーもう、あたしに言われたって分かんないわよ!どうして爆発するのかこっちが聞きたいわよ…」 「ルイズったら短気ねぇ」 「あ ん た に 言 わ れ た く な い !」 キュルケとルイズの漫才が終わり、キュルケが部屋に戻ろうとした。 その時タバサが突然立ち上がり、こう言ったのだ。 「一蓮托生」 何のことはない、3人でトイレに行くという事だ。 キュルケが部屋の扉を開けようとしてドアノブを回すと、扉の脇に置かれたハンガーからマントが浮いて、ルイズの肩にかかった。 ハンガーは部屋の入り口。 ベッドは部屋の奥。 キュルケもタバサも、何が変なのか気づかなかった、魔法が使えればこれぐらい当然なのだ。 しかし、続いてルイズの杖が宙に浮き、主人の手に収まったのを目撃して、二人は声にならない悲鳴を上げた。 口を半開きにして驚いているキュルケ、実に珍しい光景である。 タバサはいつもの無表情だったが、ちょっとだけ漏れていた。 「…な、なによ、そんな顔して」 「あ、あんた今どうやって杖を持ったの?」 「手で取ったわよ」 「テーブルの上に置いた杖って、そこから手を伸ばして届く?」 「何言ってるのよキュル…」 そこまで言ってふと気づいた、そういえば、マントはどこに掛けてあったのかと。 ルイズはマントを取ろうとしたときと同じように、テーブルの上に置かれたタバサの本を取ろうとして、手を伸ばした。 いや、正確には『手を伸ばすイメージをした』だ。 タバサの本を掴む感触が伝わり、本が宙に浮く。 本の感触は確かにルイズに伝わっているが、ルイズの手が感じているわけではない。 もう一本の手がタバサの本を掴んでいる、そんな感覚だった。 じわり、じわりと何かが見えてくる。 よーく見ると、ルイズの腕から半透明の腕が伸び、タバサの本を掴んでいた。 「「「……………!!!」」」 そのころルイズの部屋の前で、顔に包帯を巻いた一人の男が立っていた。 風上のマリコルヌ、彼はルイズに誤解を解いてもらおうと思い、ルイズの部屋までやってきたのだ。 ルイズの顔をのぞき込んだ自分も悪いとはいえ、脳内にシーザァーと響きそうなアッパーカットを食らったのは納得できない。 でも爆発は怖い。 誤解だけでも解いて貰わなければ、授業中にルイズを襲ったという不名誉な噂がついて回る、それだけは勘弁して欲しかったのだ。 ルイズの部屋をノックしたマリコルヌは、その扉が微妙に開いているのに気づき、部屋の中をのぞき込んだ。 ノックの音に気づいた三人は扉を見た。 先ほどキュルケが開きかけた扉の、わずかな隙間がゆっくりと開かれ、包帯まみれの風上のマリコルヌが姿を見せた。 「るいぐぅ~ごうのことはおがいなんらおぉ~」 (ルイズー、きょうのことはごかいなんだよー) 「「「…………!!!!」」」 翌日、風上のマリコルヌがよく座る席に、一輪の花が手向けられていたという。 おまけ マリコルヌ「おぐはまらいんれらーい!」(僕はまだ死んでなーい!) シエスタ「あのー、マリコルヌさん、シビンはこちらに置いておきますから」 マリコルヌ「からががうごかららいんら…てつらっれふれらい?」(体が動かないんだ…手伝ってくれない?) シエスタ「うわ…最低」 マリコルヌ「あ…ほどめ、そんはへでみらへはら、ほぐ…」(あ…その目、そんな目で見られたら、僕…) シエスタ「なにこの人…気持ち悪い」 マリコルヌ「はあ!もっほ、もっほのろひっへ!」(ああ!もっと、もっと罵って!) マリコルヌは後に「まんざらでもなかった」と語ったそうな。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-14]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-16]]}
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朝早く、まだ生徒達が目覚める前。 ルイズとギーシュは馬に鞍をつけ出発の準備をしていたが、ギーシュはなぜか地面を気にしている。 「何キョロキョロしてるのよ」 「いや、実はだね…僕の使い魔を連れて行きたいんだ」 と、ギーシュが言ったとたんに、ルイズの足下が持ち上がり、ジャイアントモールが現れた、ギーシュはそれに抱きいて「僕の可愛いヴェルダンデ!」とのたまっている。 「臭いを嗅ぐなッ!」 ルイズは顔を真っ赤にして、ヴェルダンデの頭をべちん、と叩いた。 地面に降りたルイズは、連れて行っちゃダメだと告げた。行き先が『アルビオン』だからだ。 話を聞いているのかいないのか分からないがヴェルダンデは突然、ルイズを押し倒した。 「何なのよこのモグラ!やめなさいったら!」 鼻で体をまさぐり始めたヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、それに鼻をすり寄せた。 アンリエッタ姫から預かった水のルビーを見ながら、ギーシュは「なるほど」と呟く。 「なるほど、指輪を見つけて喜んで居るんだね。ヴェルダンデは宝石が大好きだからねぇ」 「感心してないで助けなさいよ!」 そんな風にモグラとルイズが戯れていると、一陣の風が舞い上がり、モグラだけを吹き飛ばした。 「誰だッ!」 ギーシュが怒りを隠しもせずわめく、風の吹いた方向を見ると、朝もやの中から長身の貴族が現れた。 羽帽子をか被ったその男は、グリフォンから降りてギーシュを一別した。 「貴様、ヴェルダンデになにをする!」 ギーシュが杖を掲げようとすると、それより一瞬早く、長身の貴族が杖を引き抜いて、風の魔法でギーシュの杖を吹き飛ばした。 「僕は敵じゃない。姫殿下より同行を命じられていてね…。君たちだけでは心許ないらしい。」 そう言いながら帽子を取る。 「お忍びの任務であるゆえ、部隊つけるわけにもいかぬ、そこで僕が指名された…ってワケだ」 帽子を胸の前に置き、長身の貴族が一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 ギーシュは魔法衛士隊と聞いて、相手が悪いと知った。 魔法衛士隊とは、家柄だけでは決して与えられない、実力がなければその地位には決して就くことができない、若きメイジ達のあこがれの地位なのだ。 「あのジャイアントモールは君の使い魔かね? だとしたら、すまない。婚約者がモグラに襲われているのを黙って見ているわけにはいかないのでね」 「ワルドさま……」 立ち上がったルイズが、震える声で言った。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドはルイズを抱き上げた。 そんな人物がルイズの婚約者だと知って、ギーシュはあんぐりと口を開けた。 「ワルド様、この間馬車の中で『またすぐ会える』と言っておられたのは、この事だったのですね」 「ああ、…ふふ、相変わらず、きみは羽のように軽いな」 ワルドは抱きかかえていたルイズを地面に下ろすと、朝靄の向こうから聞こえてくる蹄の音に耳を傾けた。 「お取り込み中失礼致しますわ、ミス・ヴァリエール」 馬に乗って現れたのは、ミス・ロングビルだった。 そして簡単な自己紹介が始まった。 封書と、水のルビーを預けられたルイズ。 アルビオンに入るまでの間、護衛を任せられたロングビル。 道中の護衛をつとめるワルド。 おまけのギーシュ。 ギーシュは『自分よりはるかに腕の立つ男』と、『学院長の秘書になるほど腕の立つメイジ』に挟まれ、この任務を手伝うことが出来た幸運に体を震わせた。 ロングビルは生徒に魔法を見せたことは無いが、学院長の秘書になるぐらいだから実力があるのだろう…などと、生徒達の間で噂されているのだ。 顔見せが終わった後、ワルドはグリフォンに跨り、膝の上にルイズをのせた。 「では諸君! 出撃だ!」 グリフォンが駆け出して、ギーシュとロングビルの馬が後に続き、アルビオンに向けて走り出した。 そんな出発の様子を見ている者が居た。 学院長室の窓から、アンリエッタ姫がルイズ達を見ていたのだ。 アンリエッタは目を閉じて祈る。 「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ…」 その隣ではオスマンが鼻毛を抜いていた、アンリエッタは緊張感のないオスマンが気になり、オスマンの方に振り向いた。 「見送らないのですか?」 「ほほ、ワシは友達のお願いを聞いた生徒が勝手に出かけていくとしか聞いておりませんでな」 意地悪そうに呟くオスマンに、アンリエッタは少し嫌そうな顔をした。 オスマンではなく、自分が嫌になる。 自分は、どれだけ『おともだち』に迷惑をかけたのだろうか。 今までのアンリエッタであれば、王族の不始末は貴族がぬぐって呵るべき、と考えていたかもしれないが、今は『王族』と『友達』の間で苦しんでいる。 ただ、今はこの任務を引き受けてくれたルイズに感謝し、無事を祈るほか無かった。 「ところで、オールド・オスマン」 「はい、なんでございましょうかな」 「このミス・ロングビルを派遣して、学院に不都合はないのですか?」 「ほっほっほ、ワシの秘書と言っても大して仕事はありませんでな、それに彼女は土のトライアングル、実戦慣れもしておりますからのう」 「そうですか…ミス・ロングビルを信頼なさっているのですね」 「生徒のことも信頼しておりますじゃ」 その返事に、アンリエッタは少しだけ笑顔を見せた。 「それにしても、実戦慣れしている方を秘書に着けられるだなんて、オールド・オスマンの人脈には驚かされますわ」 「なぁに!それほど大したことでもありませんでな、酒場でワシがお尻を触っても嫌とも何とも言わない、いやこれは実に出来たお嬢さんだと思いスカウトした訳ですじゃ!」 「ハァ?」 「しかも雇ってから彼女がメイジだと分かりまして、大したことは出来ないと謙遜しておりましたが、滲み出る実力はトライアングルで上の方だと感じまして……あっ」 オスマンは自分がよけいなことまで喋ってしまったことに気づき、慌てて口をつぐんだ。 「…あ、あの、今のは冗談! あのー、なんちゃって! ハハハハ…」 ぼけ老人のふりをしようと思ったが、もう遅い。 「…そ、そんな人物を護衛に…ああ、ルイズ…」 アンリエッタは、ルイズに謝りながら気を失った。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-16]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-18]]}
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ギーシュの奇妙な決闘 第一話 祭りの後 第二話 決闘の顛末 第三話 『平賀才人』 第四話 『決闘と血統』前編 第四話 『決闘と血統』中編 第四話 『決闘と血統』後編 第四話 『決闘と血統』完結編 第五話 『灯(ともしび)の悪魔』 第六話 『向かうべき二つの道』前編 第六話 『向かうべき二つの道』後編 第七話 『フェンスで防げ!』 第八話 『STAND BY ME!』 第九話 『柵で守る者』前編 第九話 『柵で守る者』中編 第九話 『柵で守る者』後編 第十話 『Shall We Dance?』 第十一話 『星屑の騎士団』 第十二話 『香水の乙女の誇りに賭けて』前編 第十二話 『香水の乙女の誇りに賭けて』後編 第十三話 『魂を蝕む毒』前編 第十三話 『魂を蝕む毒』後編 第十四話 『暴走! 惚れ薬バカップル!』前編 第十四話 『暴走! 惚れ薬バカップル!』後編 第十五話 『三つのタバサ』(前編) 第十五話 『三つのタバサ』(後編)
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虚無の曜日より、日付を跨いで僅かに三分。 ルイズは中庭で、蒼い髪を持つ少女と対峙していた。 才人とシエスタの姿は無い。彼らは、日付を跨いだ事もあり、すでに自室へと下がっている。 つまり、これより先、ルイズと蒼い髪を持つ少女―――タバサとの会合を止める者など一人も居ないと言う事に他ならない 「まずは・・・・・・お礼を言うわ。 貴方のお陰で、予定より早く、学院に帰る事が出来たんだから」 助かったわ、と告げるルイズに、タバサは僅かに首を動かし、その言葉を受け取る。 「でも―――」 二の句を継げるルイズの声色が変化する。タバサにとって最も身近で、最も嫌悪すべき感情を内包して。 「貴方が放った氷の矢・・・・・・痛かったわ。死ぬ程ね」 憎悪が爛々と燈る瞳は、もしも眼力だけで人を殺せるなら、13回はタバサを睨み殺す程の殺意を秘めていた。 だが、その殺意もすぐに飛散する。 ルイズ自身が瞳を閉じ、タバサを見つめるのを止めた為にだ。 「貴方は・・・・・・危険。だから、あの時は、殺すしかないと考えた」 キュルケはタバサにとって、掛け替えの無い大切な友人だ。 タバサ自身、自分の愛想が悪いことは理解している。 こんな自分に友人が出来るはずも無いと考えていた。だと言うのに、キュルケは自分に対して、まるで当たり前のように親しく接しくれる。 嬉しかった。 母親の再起と、父親の仇への復讐に生きていただけのタバサに、誰かと一緒に居る事の楽しさを思い出させてくれた。 その事実が、タバサにとって、ただ只管に嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。 そんな友達を、目の前に居るこの女は才能奪い、あまつさえ殺す所であったのである。 「危険・・・・・・危険ね・・・・・・確かに、あの時、私は考え無しだった事を認めなければならないわ。 あの時の軽率な行動で、私は大切な友達を失う所だったんですもの」 虚空に視線を漂わせ、自然と口から紡がれたルイズの言葉に、タバサは目を大きく見開き驚きを表現してしまう。 「それは・・・・・・どういう意味?」 「・・・・・・あの時、キュルケは私を庇ってくれた。それで、ようやく分かったのよ。 キュルケは、私にとって本当に大切な人だって事に」 正確に言うならば、それは切っ掛けであり、本当に大切な友人であると確信したのは、後にキュルケの『記憶』を確認した時だが、そこまで伝える理由など無い。 「貴方は・・・・・・もう、彼女を殺すつもりも、才能を奪うつもりも無い?」 「決まってるじゃない。友達にそんな事出来ないわよ」 堂々と宣言するルイズの瞳は、先程の殺意は微塵も感じられず、高潔な輝きが見て取れる。 タバサには分からなかった。 あの戦いの時の、まるで世界全てを憎むかのように嘲笑していた少女。 それとも、今、目の前で、真っ直ぐ過ぎる瞳をしている少女か。 タバサには、分からなかった。 一体、どちらが本当のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのかが。 どちらが本当なのか、或いは、どちらも本当では無く、今だ彼女には隠された本当が存在するのか。 そこまで考え、タバサは頭を振った。 違う、今はそんな事を考えている時では無い。 今、ここに居るのは、目の前に佇む者に問うべき事柄があるからだ。 「訊ねたい・・・・・・事がある」 本題を切り出す。 訊ねなければならない事柄。 確認しなければならない事象。 「精神的に壊れていた彼を、貴方は治した・・・・・・どうやって?」 要約し過ぎた問い掛けに、ルイズは首を傾げた。 彼とは誰か? それに治したとは? 自分は、果たしてそんな事をしたのだろ――― 「―――あぁ、ギーシュの事ね。 何、あいつを治した事が、どうかしたの?」 別段、特別さを感じる事の無い抑揚の声に、彼女にとって、ギーシュを治した事が、本当になんでも無い事である事を表している。 「貴方が・・・・・・彼を治した?」 「正確に言えば、私じゃあ無いわ。こいつよ」 そう言って指し示す方向には、二つの月明かりに照らされたホワイトスネイクが銅像のように微動だにせず、ルイズとタバサ、二人を視界に収める形で立っていた。 「貴方の使い魔が、彼を治した?」 「そうよ」 「どうやって?」 「どうやってって・・・・・・」 怪訝な顔付きで、ルイズは疑問を投げ掛け続ける少女を見る。 授業なので見かける彼女は、無口を極めたように何事も語らない事が多い人物だ。 だと言うのに、今の饒舌めいた問いは一体なんだと言うのか。 「ねぇ、逆に聞くけど、どうして治した方法を知りたいの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ここまで彼女が熱心になる理由をルイズは尋ねたが、帰ってきた答えは沈黙だった。 答えたくない。 もしくは、踏み込まれたくないか。 大方その辺りだろうと、当たりを付けたルイズは、敢えて答えを促さなかった。 言いたいのであれば、彼女は語るだろうし、言いたくないのであれば語らない。 確かに少し気になる事ではあるが、飽くまでそれは少しだけの興味だ。 何も、無理矢理に聞きたくなる程では無い。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙が続くタバサに、ルイズはホワイトスネイクに視線だけで合図を交わす。 ホワイトスネイクは微動だにしなかった身体を動かし、タバサへと近づいていく。 「アノ男ハ、治ッタノデハ無イ。忘レタダケダ。 マァ、広義的ニ見レバ治ッタト言ウ表現モ間違イデハ無イガナ」 「治ったのでは無い―――?」 静かに語りかけるホワイトスネイクに、タバサは呆然と語りかけられた言葉を反芻する。 「ソウダ、治癒トハ、根源ニ病巣ガ無ケレバ成リ立タナイ行為ダ。 ツマリ、新シク、治癒ト言ウ『記憶』デ病巣ヲ上書キシタト言ウコト。 私ガ、アノ男ニ行ッタ事ハ、治癒トハ、マッタクノ逆ニアタル。 私ハ上書キスルノデハ無ク、ソレマデノ『記憶』ヲ病巣諸共奪ウ」 「・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・」 「人間ハ『記憶』ニ異存スル生キ物ダ。自分ノ体調ハ勿論、ソノ他ノ事柄モ全テナ。 酒ヲ呑ンデイナイ人間ニ、酒ヲ呑ンダト言ウ『記憶』ヲ与エレバ、与エラレタ人間ハ、呑ンデモイナイ酒ニ酔ウダロウ。 ツマリ、ソウイウ事ダ。『記憶』ヲ抜カレ、自分ガ壊レタ事スラ忘却サセレバ、人ハ壊レル前ノ『記憶』ニ基ヅイタ人間ヘト戻ル」 完全なる忘却。 今まで歩いてきた道を奪い、壊れてしまったその時まで強制的に引き返させる。 「治すのではなく・・・・・・戻す・・・・・・」 「ナルホド、物分リハ良イラシイナ」 納得するかのように頷くタバサに、ホワイトスネイクは感心からか、賛美を口にする。 なるべく簡単に説明したつもりであったが、まさか、こうまですんなりと理解してくれるとは、ホワイトスネイクも考えていなかった為にだ。 だが、そんな賛美は彼女にとっては関係無い。 理屈は理解できた。 予想していたモノとは、若干掛け離れた方法であったが、それでもタバサにとっては十分望み通りの働きをしてくれるだろう。 差し当たっての問題は、どのように頼むかだ。 生半可な言葉は恐らく通用しない。 いや、それよりも、自身を殺そうとした者の頼みなど果たして聞いてくれるのだろうか。 「何を考えているかは知らないけど、早くしてくれる。 朝っぱらから出掛けてた所為で、眠たいんだけど?」 見せ付けるかのように欠伸をするルイズを見て、決意を固める。 真っ向から正攻法で頼む以外、自分には道など無い。 キュルケに仲介を頼むと言う手段もあったが、このような事に彼女を巻き込みたくは無かった。 「貴方の使い魔に壊れる前の状態に戻して欲しい、人が居る」 「・・・・・・私は医者じゃないし、こいつも当然違うわ」 「彼の事は?」 「ギーシュの時は、才能を返すついでよ」 本当は、ギーシュとモンモラシーに同情していたキュルケの悲しそうな横顔を嫌って、壊れる前の状態に戻したのだが、そんな事をタバサに知られるのに抵抗があったルイズは、出任せを述べた。 「嘘」 ささやかな過ぎる程度の虚偽であったが、タバサは、その虚偽を見抜いていた。 「嘘じゃないわ」 幾分ムキになったかのように反論するルイズに、タバサは口を開こうとするが、止める。 先程と同じように、また脱線してしまっている。 元の道筋に修正しなければ。 「貴方が医者でも無ければ、私を恨んでいる事も知っている。 だけど・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・」 そこで一旦言葉を区切り、次に紡ぐべき言の葉を探すように中空へと視線を漂わす。 その間、ルイズもホワイトスネイクも、決して言葉を挟まず、タバサの口から紡がれる音を待っていた。 やがて、虚空へと向けられていた視線が、ゆっくりとルイズへと向けられた時、タバサは続きを口にする。 「例え、それがどんな苦難がある事だろうと、私が出来る事ならなんでもする。 だから、お願い・・・・・・・・・・・・私の頼みを、聞いて欲しい」 言葉一つ一つに想いを込めた懇願。 その重さは、計り知れない程に重く、懇願されているはず立場だと言うのに、ルイズは息苦しさを感じてしまう。 「なんで、あんたがそこまで必死なのかは知らないわ」 息苦しさを紛らわす為に、ルイズは口を開く。 「人に言えない事情とやらがあるんだろうけど、私にそれを聞く気は無いわ。 そりゃ、気にはなるけど、あんたは話したくないから故意に伏せてるんでしょうからね。 他人が話したく無い事を無理に聞き出すような野暮な真似、私はしないわ」 最も、自分に対しての事柄は、これには当て嵌まらないが。 「ともかく・・・・・・あんたが、そこまで必死に頼んでくるなら、私も考えないでも無いわ」 何も減るものでは無いし、頼みを聞くのは構わなかったが、ルイズは一旦、そこで言葉を止めて考える。 相手は、自分の事をあそこまで傷つけたメイジだ。 あの時、キュルケから才能を奪った事は間違いだと認めるが、 だからと言って、ボコボコにされたのを忘れろと言うのは無理な話である。 早い話が、ルイズはタバサに対して一泡吹かせてやりたいと思ったのだ。 「頼みを・・・・・・聞いてくれる?」 「まぁね、でも、条件があるわ」 そこで、ルイズは首に手を当て、考えた。 どのようにすれば、目の前の少女に付けられた傷の鬱憤を晴らせるのか。 才能を捧げさせる事が真っ先に頭に浮かんだが、忌々しい事に、この娘はキュルケと仲が良い。 (何か・・・・・・何か無いかしらね) キュルケの中で自分の株が落ちる事無く、尚且つ、相手に自分と同じぐらいの痛みを与える方法。 言わば、直接的でなく、少女が自発的に行う形の苦痛。 ホワイトスネイクの能力使用が頭に浮かぶが、万が一にも頭部からDISCが抜け落ちたりすれば、事が露見する危険性がある。 かと言って、他に思いつく方法も無いが。 (他人にバレても良いDISC? そんなものある訳無いじゃない) 露見しても、別段罪に問われないのは、相手に有益になるモノだけだ。 ホワイトスネイクのDISCにそんなものなどあるはずが―――――― 「あっ」 思わず漏れてしまった単音に、ルイズは思わず手で口を塞ぐ。 それは、咄嗟に浮かべてしまった、あまりにも邪悪な笑みをきっちりと隠していた。 「これを・・・・・・あんたが使いこなせるようになったら、あんたの頼みを聞いてあげる」 その言葉と共に、ルイズはタバサへ一枚のDISCを投げる。 「これは・・・・・・」 投げられたDISCの表面には、右半身が砕けた人型が映っている為、ギーシュの頭から落ちたDISCとは、何かが違うと言うのは、タバサにも理解できた。 (ルイズ) (何よ?) 厳しい面持ちでDISCを見つめているタバサを横目に、ホワイトスネイクの幾分焦れたような声がルイズの頭に響く。 (何ヲ考エテ、アレヲ渡シタノカハ知ラナイガ、今スグニ考エ直シタ方ガ良イ。 アレハ、他者ニ渡シテ良イ程、生易シイ力デハ無イ) (それは使いこなせたらの話でしょ? 確かに、こいつは強いけど、アレを扱えるかって言うと、また別問題じゃない?) なんやかんや理屈を付けてはいるが、要するに、ルイズはタバサが無様に吹っ飛ぶ姿が見たいのだ。 あの時、自分が、あのDISCを挿し込み吹っ飛んだように。 「それに入ってるのは、簡単に言うと使い魔みたいな存在よ。 スタンドとか言う種族だけど、扱えれば並の魔獣、幻獣なんかより、よっぽど強力って言うね」 ルイズの何処か楽しげな説明に耳を傾けつつ、タバサは、これが果たして安全かどうかを思慮していた。 確かに、ギーシュの頭から落ちた物とは違うのは見て分かるが、それでも得体の知れない物である事に変わりは無い。 最悪、相手がこちらを謀殺しようとしている可能性もある。 タバサは、ちらりと、自分の後ろで夜空を見上げている使い魔にアイコンタクトをする。 ギーシュの時は、頭部に強い衝撃を与えたら、原因と思しき円形の物体が出てきた。 ならば、もし、自分が死ぬような暗示が、この円形の物体に入っていたとしても、シルフィードに尻尾で自分の頭を殴らせれば良い。 多分、凄く痛いだろうけど。 すぅ、と息を吸い込み、タバサは覚悟を決めた。 「はぐぅ―――ッ!」 頭部が裂け、その間に形ある物挿し込まれていると言うのに、痛みは不思議と無かった。 だが、それでも、得体の知れない奇妙な物体を自分の頭に入れていると言う事実が、タバサの口から声を漏れさせた。 そのあまりに嗜虐心を刺激する声に、ルイズは思わず生唾を飲み込む。 「――――――ンッ」 艶かしさとは、また違った色気を纏ったタバサだったが、頭部に完全にDISCが挿入されると、様子が一変した。 パクパクと酸素を求める金魚のように口を開閉しながら、両手で胸の辺りを押さえ始めたのだ。 「きゅい~」 尋常で無い様子に、彼女の使い魔の風竜は心配そうな声で鳴くが、タバサは喘ぎながらも風竜に大丈夫と告げる。 (ちょっと!!) タバサのそんな様子に、ルイズは不満たっぷりの声をホワイトスネイクに掛ける。 (どういうことよ!! なんであいつは苦しそうな顔してるだけで吹っ飛ばないのよ!! おかしいじゃない!!) 予想とは違った光景に文句を吐くルイズであったが、ホワイトスネイクは言葉を返す事は無く、油断の無い目つきで、タバサを見据えている。 相変わらず、タバサは何かを耐えるように両手で胸を押さえ込んでいた。 「ちょっと返事ぐらいしなさいよ!!」 何時までもホワイトスネイクから返答が来ない事に、腹を立てたルイズが、思わず怒声を上げてしまうが、それはこの状況において取ってはいけない行動の一つだった。 「ダメッ!!」 タバサの悲痛な叫びに、ルイズは何がダメなのよ! と叫び返そうとしたが、口が動かない。 (なっ!!) いや、口だけでは無い。 喉も、瞼も、指も、足も、何もかもが動かない。 (何よ、これ!?) 自分だけでは無い。ホワイトスネイクも、あの風竜も、草も、雲も何もかもが『静止』している。 静寂と停止を約束された世界。 その中で動くのは、今にも泣きそうなぐらいに苦しげな表情をしているタバサと、何時の間にか彼女の横に立っていた、黄金色に輝く右半身が欠けた人型のみだった。 (あいつ・・・・・・ホワイトスネイクと同じ感じがする・・・・・・) 身体が動かないと言う危機的な状況であると言うのに、ルイズはそんな事をぼんやりと思っていた。 だが、次の瞬間に身を固くする。 人型が、ゆっくりとルイズへと向かって動き始めたのだ。 ゆらりゆらりと、人型が動く中、ルイズは喉一つ動かせず、唾液を嚥下することすら出来ない。 (やばいわね・・・・・・このままだと) さっき、ホワイトスネイクに言われた言葉が、今になってようやく分かった。 なるほど、確かにこれは他者に渡していいような力では無い。 他者を動けなくする能力とでも言うのか。 あらゆる者を停止させ、その中を自分だけが動ける。 (圧倒的じゃない) ホワイトスネイクが最強と呼んでいたのも納得する。 戦う者として、これほどまでに圧倒的な能力は存在しない。 「―――ダメッ!」 タバサが呟いた言葉に、思考に集中していたルイズは、黄金色の人影が自分の目の前にまで到達し、尚且つ、隻腕を振り上げている事に気がついた。 (マズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!!) 能力の考察などしている暇では無い。 今すぐにこの力から逃れ無くてはならない。 でなければ、自分はあの隻手で土手っ腹に風穴を開けられてしまうと言う、考えるのもおぞましい結末になってしまう。 必死に拳から逃れようと、身を捩ろうとするが依然として静止空間は続いている。 (動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動きなさい!!) 必死の祈りが通じたのか、拳が腹部を貫く寸前に空気が、風が、そして身体が動き始める。 「動けェええぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇ!!」 喉も動くようになり、ルイズの口からは思考とまったく同じ形の意味が声となり周囲に木霊する。 『無駄ァァァ!!』 しかし、その動きすら砕くと言わんばかりの拳圧が彼女の横っ腹に喰らいつく。 「―――ッ!!」 痛みに顔を顰めるルイズであったが、幸いにして脇腹の肉が多少削げた程度と軽傷であった。 ギリギリだった。 後、もうほんの少し、静止空間が続いたなら、かすり傷どころの話では無かっただろう。 安心するのも束の間、ルイズは無理な体勢になった為に倒れてしまった身体を起こす事も無く、即座に人型の砕けている右半身の方向へ転がる。 服が汚れるのも気にしない。命には代えられないからだ。 転がり、人型の背後へと回りこむと、ホワイトスネイクの手を借り一瞬で体勢を立て直し、杖へと手を伸ばすが、詠唱を開始したところで、ホワイトスネイクの腕が顔の前に出され、その動きを制止した。 (落チ着ケ。ソシテ、良ク見テミルトイイ) 頭に直接響いてくる声に、ルイズは杖に手を掛けたまま、自分の脇腹を掠め取っていった人型を見る。 『無駄アァァァァァ!!』 相変わらず人型は、奇妙な叫び声を上げつつ拳を振り上げ、渾身の力を持って殴りつけていた――――――壁を。 「はっ?」 察し難い人型の行動に、ルイズは思わず呆けたような一声を発してしまう。 いやいやいや、少し落ち着きなさい私。 ほら、息を吸って、吐いて、吸って、吐いて――――――さぁ、もう一度。 『無駄無駄無駄無駄!!』 やっぱり壁を殴っている。 あんなに圧倒的な力を持っていながら、何故に壁を? 理解の範疇を超えまくってる光景に、ぽつーんと突っ立っていたルイズだったが、後ろから聞こえてきた、呻くような声に振り返る。 人型の後ろに回りこんだと言う事で、ルイズは人型とタバサの丁度中間点に居た。 と言う事は、つまり、後ろから聞こえてきた呻き声の持ち主は、蒼色の髪の少女でしか有り得ない。 「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァハァ・・・・・・」 「ちょっと、大丈夫?」 先程から額に汗を浮かべ、呼吸を荒くしているタバサに、ルイズは不機嫌な声ながらも体調を気遣うような発言をする。 無論、ルイズにはタバサの体調を心配するような殊勝な心がけなど一切無く、所謂、社交辞令のようなものだ。 本音を言うと、そのまま、くたばってしまえば良いのにとか考えていたが、それはそれで面倒な事になる。 そんな事をルイズが考えている中で、一際大きな音が、人型が殴っている壁から聞こえてきた。 どうやら、断続的な拳打に耐えられず、とうとう壁が崩壊したらしい。 「あ~、もう! どうしてこうなるのよ!!」 下手をしたら、また謹慎期間が延びてしまうであろう事態に、ルイズは心底苛立った声を上げる。 本当なら、タバサが吹っ飛んだ姿を拝んだ後に、即座に自室のベッドで寝息を立てているはずが、どういう訳か、怪我も増え、おまけに大切な睡眠時間も刻一刻と減っていく。 ままならないとは、まさにこんな事を言うのだろうとルイズは思ったが、よくよく考えてみれば、自分が横しまな考えを抱かず、タバサにDISCを渡さなければこんな事態にはならなかったのだ。 つまり、今のルイズの状況は完全に自業自得であったりしたが、その考えにまで至った所で苛立ちは治まらない。 むしろ、膨れ上がるのがルイズの性格であった。 「とりあえず、あんたはさっさとあいつを消しなさい!」 顔色が青くなりだしたタバサに、一階の壁を破壊し尽くし、今度は一階の破壊の影響でヒビだらけの二階の壁を殴り始めた人型を消すように声を掛けるが、タバサからの返事はゼィゼィと喘息患者がするような呼吸音だけだ。 「ルイズ・・・・・・ドウヤラ彼女ハ、ソレ所デハ無イヨウダガ」 「そんな事は分かってるわよ」 あっけらかんとしたルイズの態度に、ホワイトスネイクは肩を竦める。 「何モ、消スヨウニ命ジナクトモ、私ガ、マタDISCニ戻セバ良イダロウニ」 呆れたように呟くホワイトスネイクの言葉に、ルイズは一瞬硬直した。一瞬だけ 「そんなことが出来るならもっと早くやりなさいよ!!」 次の瞬間には、顔を真っ赤にして自分の使い魔へと怒鳴りつけていた。 怒鳴りつけられたホワイトスネイクは、タバサの頭からスタンドDISCを、即座に引き抜く。 その一動作で、今まで破壊の限りを尽くしてきた右半身の砕けた人型は、何の余韻も残さずにキレイさっぱりこの世界から消失した。 大規模な破壊の爪痕を残したまま。 「どーすんのよ、これ」 途方に暮れて呟くルイズであったが、どうにもこうにもなるはずが無い。 一階は言わずもがな、見ると、五階にある宝物庫の壁にまで見事にヒビが入っている。 「きゅいきゅい」 ぐったりとしているタバサを器用に自分の背に乗せた風竜が、これまた器用にルイズの肩を翼でぽんぽんと叩く。 恐らく慰めているつもりなのだろうが、今のルイズにとっては煩わしい事、この上ない。 「止めなさい」 「きゅいきゅい」 「止めなさいってば」 「きゅ? きゅきゅきゅい!!」 「だから、止めなさいってば!!」 しつこい慰めに、怒声で返答したルイズだったが、すぐにその身体はホワイトスネイクによって竜の背に吹っ飛ばされる。 「なっ!?」 主に手を上げた!? と頭に血が一瞬で上ったが、目の前に飛び込んできた光景に、ルイズは、ただ口をあんぐりと開けるしかなかった。 土の塊が、音も無く蠢き、全長30メイルにもなるゴーレムが誕生しようとしている光景が、そこには存在していた。 フーケは、舞い降りた幸運に小躍りでもしたい気分だった。 宝物庫の弱点である物理的衝撃について考えあぐねていたフーケの前に現れた二人の少女。 どちらにも見覚えのあったフーケは咄嗟に身を隠し、その場を観察していたが、 やがて、一人の少女が苦しみ始めると、突然現れた亜人が学院の壁をどんどん壊し始めたのだ。 その衝撃的な光景に、思わず呆けてしまったが、その亜人がどんどん壁を壊していくのを見るにつれて、フーケは思いがけない幸運が舞い込んだ事に気がついた。 どういう訳か、特別に頑丈に作られ『固定化』の魔法まで掛かっている学院の壁を、隻手隻脚の亜人は、いとも簡単に壊している。 その破壊は、放射状にヒビを発生させ、そのヒビ割れが宝物庫まで届くと同時に、もう一人の少女の使い魔が、苦しみ始めた少女に何事かをすると、壁を破壊していた亜人は、一瞬にして消えてしまった。 「なんだか知らないけど、これはチャンスなのかねぇ」 自分のゴーレムでは無傷の壁を破壊するのは不可能だが、ヒビの入った壁となれば話は違う。 ニヤリと歪められた口から詠唱が紡がれる。 それは、魔力と土を媒介とし、彼女の目的を果たす為の存在を作り上げるのであった。 「何なのよ、もう!!」 空へと舞い上がったシルフィードの背中で、ルイズは思い通りにいかない事態に、金切り声を上げていた。 彼女の眼下では、ヒビが入り脆くなった壁に、ゴーレムがトドメを刺している。 「宝物庫」 顔色は優れなかったが、なんとか意識を保っているタバサが、ゴーレムにより壊された壁の中に入り込む人影を見て、そう呟いた。 「宝物庫って・・・・・・それじゃあ、あいつ!?」 そういえば、モット伯の『記憶』DISCに、この頃、貴族相手に盗みを繰り返している土のメイジが居る事が記されていた。 確か名前は・・・・・・ 「『土クレ』ノ、フーケ・・・・・・ダッタナ」 シルフィードの前足に掴まっているホワイトスネイクが、その名を口にする。 『土くれ』のフーケ 貴族の屋敷の壁や金庫などを、錬金の魔法より、まさに『土くれ』に変えて盗みを働くと言う強力な土系統のメイジ。 また、錬金が効かない場合などは、攻城戦でも出来そうな巨大なゴーレムを従え、貴族や衛兵などを蹴散らし、目的の物を奪っていく。 まさに怪盗と呼ぶに相応しい人物なのであった。 眼下に居るゴーレムは、サイズから見ても、まず間違いなくフーケが作ったものであろう。 となると、次なるフーケの目的は、このトリステイン魔法学院の宝物庫の何かと言う事になる。 「この私の目の前で、盗みを働こうなんて随分生意気じゃない!!」 喜々とした表情でルイズが杖を振るうと、杖の回りの空気から水分だけが抽出され、巨大な水泡が生成される。 その水泡は、ふわふわとゴーレムの上空に漂っていき、一気に弾けた。 「よし!」 ゴーレムに確り水が被った事を確認して、ルイズは右手の杖を今度は、先程より激しく振るう。 乗り慣れたシルフィードの背で、どうにか気分が落ち着いてきたタバサは、今、ルイズが何をしようとしているのか、見当がついていた。 どうやら彼女は、土で作られたゴーレムに水をたっぷり染み込ませ、その水を操る事でゴーレムの操作系統を奪おうしているらしい。 最初は、あまりにも常識を逸脱した魔法の運用に、タバサは呆れたが、ゴーレムの動きが見る見ると鈍くなっていくのを目の当たりにすると、その呆れが間違ったものであると認めざろうえない。 「くっ―――」 ならば、自分も手伝う為に水をゴーレムに掛けようと杖を手にしたが、呪文を紡ごうにも、力が入らない。 原因は分かっている。先程のDISCの所為だ。 自分でも良く分からなかったが、あの半身の欠けた人型が現れている最中、自分の精神力や体力など、とにかく生きるのに必要なモノが、どんどん自分の身体から、人型に流れていったのが、感覚的に理解できた。 特に、あの静止した空間の消耗は半端では無かった。 正直な話、もし、あの空間が、ほんのちょっぴりでも続いていたら、自分は衰弱死していただろうとタバサは思っている。 一秒にも満たない程度の僅かな『静止』であったが、それだけでもタバサの身体に、信じられないぐらいの負担を掛けていたのだ。 「あんたは休んでなさい」 タバサの詠唱の気配を察知したのか、ルイズが下のゴーレムを見据えたままで、そう告げる。 確かに、今のタバサは呪文一つ、まとも唱えられないだろうが、だからと言って、目の前で行われる不正を見逃せるかと、問われればタバサは首を横に振るだろう。 「頑固なのね、あんた」 相変わらずタバサの方を見ないルイズであったが、言葉の韻に何処と無く今までに無い響きが混じっている。 が、次の瞬間には、全ての感情を一つの言葉にしてルイズは紡いでいた。 「ホワイトスネイク!!」 自らの使い魔の名を叫ぶその声にはどうしようも無い程の焦燥が込められており、それは―――――― 「仕留めた・・・・・・?」 シルフィードの眼下、ゴーレムの肩の上に戻ってきたフーケは、今、ゴーレムから放たれた岩石が風竜を絶命させたかどうかの疑問を口にしていた。 宝物庫から戻ってきてみたら、たっぷりと染み込んだ水によって動きを鈍くさせられていたゴーレムにフーケは歯噛みしたが、それが空を飛んでいる風竜の上に居る少女によって行われている事に気付くと、魔力をゴーレムの右腕に集中させ、壁の破片を対空砲火のように、風竜へと放り投げたのだ。 ただの岩石ならば、シルフィードも避けることも出来るのだが、フーケは投げる瞬間に、岩石を砕いていた。 その為、散弾銃のように拡散した石の雨に、シルフィードは晒され、無防備な腹にしこたま石の飛礫を喰らってしまったのだ。 「まぁ、こんなもんだろうね」 ゴーレムの動きが正常に戻った事を確認してから、フーケはそう呟き、さっさと学院から離れるように、指令を下すのであった。 「きゅぅ~~~」 「だあぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛がってないで、さっさと翼を動かしなさいよ、コラァ!!」 頭部への石は、全てホワイトスネイクに弾かせたが、それ以外の箇所に石がモロに入ってしまったシルフィードは、痛みのあまりに翼をはためかす事を忘れ、その身を重力に引かれ、地面に激突20秒前である。 「シルフィード!!」 叱咤するタバサの声に、ようやく翼を動かし始めるシルフィードであったが、翼にも石は当たっており、どうしても力強く羽ばたく事が出来ない。 「きゅいきゅいー!!」 言葉で表すとしたら、ごめんなさいと言うのが適切であろう鳴き声を上げるシルフィードが地面と落ちる寸前、その身体が宙へと浮く。 ギリギリで、ルイズが『レビテーション』の呪文が唱え終わったのだ。 危機を脱した事に安堵するシルフィードであるが、ルイズとタバサは、ゴーレムが城壁を一跨ぎで乗り越えるのを、唇を噛み締めながら見つめるしかなかった。
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舞踏会から一週間ほど経ったある日の朝。 今日はジョセフが珍しく授業前の教室に来たという事で、ルイズ達の周りには友人が集まってきていた。 「今日は雨が降るかもしれないわね。勉強嫌いのダーリンがどうしてここに?」 キュルケが一同を代表して全員の疑問を質問した。 「あー、今日は特に仕事もないんでのう。せっかくだからご主人様の授業参観でもしようかの、と」 要するに暇潰しという事である。 「全く、平民のクセに栄えあるトリステイン魔法学院の授業を暇潰しとか言うだなんてどういう神経してるのかしら。主人の躾が疑われるじゃない」 口ではそう言っても、悪い気分でないことはルイズを知る面々からはバレバレだった。 「あらミス・ヴァリエール、大好きな使い魔と一緒にいられる時間が増えて嬉しいって顔してるわよ?」 それを看破したうちの一人であるモンモランシーは、実に愉快げな笑みを浮かべてルイズをからかいに回った。 「なななな何を言ってるのかしらモンモンランシー!」 「モンモランシーよ! そんな妙な呼び方で呼ばないでいただけるかしら!」 「何よ! アンタなんかギーシュとバカップルっぷりを振り撒いてたらいいんだわ!」 「なななな何を言ってるのかしらミス・ヴァリエール! わわわ私がいつギギギギーシュとババババカップルだったというのかしら!」 ルイズの素早い切り返しに動揺を隠せない彼女の横に、意味もなくギーシュが現れた。 「ああ二人とも僕のために争わないでおく――」 金髪の少年は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。 「ああギーシュ! このゼロのルイズ、ギーシュになんて事してくれるのよ!」 バカップルを否定した舌の根も乾かぬうちに、ボロボロになって気絶したギーシュへ慌てて駆け寄るモンモランシー。 「なんつーか平和じゃのう」 当のジョセフはルイズの席の横の床にあぐらを掻いて、まったりとスラップスティックな教室を観賞していた。その柔和な微笑みで少年少女を見守る様子はやはりどうやっても気のいいデカいおじいちゃん、という雰囲気を醸し出す助けにしかなってなかった。 「そうとても平和だわね、次の授業はつまんないミスタ・ギトーだから二人で愛のサボタージュしましょダーリン?」 後ろから抱き着いてくる二つの巨大な感触に鼻の下が大きく伸びるジョセフ。気のいいデカいおじいちゃんからドスケベジジイにジョブチェンジである。 「いや、それも非常に嬉しいお誘いじゃのう」 少し高い体温とナイスバディなキュルケに抱き付かれて悪い気がしないのは当然である。 だが時と場合を考えなければ酷い事になるということを、ジョセフはうっかり失念した。 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と特徴的な書き文字をバックに、異様な威圧感を纏った気配を背後に感じて振り返った時にはもう遅い。 怒りに震える主人が引きつった笑いを浮かべながら、乗馬鞭で掌を叩いていた。 「OK落ち着こうご主人様。ここはクールに。な?」 「私はとても落ち着いてるわジョセフ……まるで風の吹かない真夏の夜みたいにね……」 ちっともクールではない例えと共に鞭を振りかざすルイズと、一目散に教室中を逃げ回るジョセフ。 クラスメイト達の生暖かい視線を存分に受けながらの朝の運動を終えて、呼吸も荒く席に戻るルイズと息一つ切らさずルイズの横の床にジョセフが座ると、教室のドアが開いた。 開いたドアから入ってくるミスタ・ギトーの姿に、これまでさんざ楽しげに振舞っていた生徒達はピタリと静かになり、一斉に席に着く。 長い黒髪に漆黒のマント、痩せぎすの身体とこけた頬。 外見からしてジョセフは(うわぁ、陰気くせえ。しかも陰険丸出しな顔しとる)と判断をつけた。事実、不気味な外見と冷たい雰囲気の為に生徒達からの人気はルイズの胸以上にない。 「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」 教室中が沈黙に包まれる。疾風の二つ名とは裏腹に、微かにも風が揺らがない教室の雰囲気にジョセフは(くそ、こんなクソガキの授業じゃ暇潰しどころか不愉快なだけじゃないか。失敗したわい)と舌打ちした。 だが平民で使い魔な男の苛立ちなど目にも入っていない様子で、教室を睥睨して満足げに笑ったギトーは言葉を続ける。 「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」 いちいち嫌味な物言いをするギトーに、キュルケは普段から彼に対して積み重ねていた怒りを掘り起こした。 「そんなもの、『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」 怒りを笑みに織り交ぜ、芝居がかった口調で不敵に笑うキュルケ。 「ほほう。どうしてそう思うのだね。一応キミの御高説を拝聴しようか」 「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱。風は火を燃やす助けにこそなっても、燃え盛る炎を消し飛ばすことは出来ませんものね?」 挑発めいた物言いにも、ギトーは口端をゆがめただけの笑みを浮かべるだけだった。 「残念ながらそうではない。事実に基づかない妄想は早いうちに捨て去るべきだ」 ギトーは腰に差した杖をわざとゆっくりした動きで抜くと、言葉を続ける。 「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」 キュルケはおおよその意図を理解した。つまり風の魔法が最強だと言いたいが為の生贄として、この教室の中でも目立ったトライアングルメイジである自分を指名したのだと。 真正面からぶつかって勝てる可能性を頭の中で考えて、おそらくは不利と読んだ。 どの属性が最強か、というのは太古の昔から議論され続けてきたことだが、明白な結果が出たことはない。使い所と純粋な魔力量でその場においての最強が決まるのだから。 そう考えれば、この時点では魔力の差でキュルケの火とギトーの風のどちらが強いか、ということだが、教師である向こうは生徒の力量を把握した上で指名している。 「どうしたね? 君は確か、全てを燃やし尽くせるとか言う『火』の魔法が得意ではなかったのかね?」 挑発するようなギトーの言葉に、キュルケの眉間に深い皺が刻まれ。ちらり、と横を見た。 「――火傷ではすみませんことよ?」 いいだろう。喧嘩を吹っかけてきたのは誰あらぬギトーだ。それはこの教室にいる全員が証明してくれる。 「構わん。本気できたまえ。その、有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのなら」 既にキュルケの顔からは、いつもの余裕めいた笑みは消え失せていた。 胸の谷間から杖を抜くと、彼女の怒りを体現して燃え上がったかのように赤毛が逆立つ。 杖を振れば差し出した右手の上に、小さな火の玉が現れる。そこから更に呪文を詠唱し続ければ、見る見るうちに膨れ上がった火の玉は直径1メイルほどにもなった。 生徒達が慌てて机の上に隠れる。 キュルケは膨れ上がらせた炎の玉を頭上に掲げれば、炎に照らされた彼女の顔には、怒りを隠そうともしない凄絶と称してもいいほどの笑みが色濃く浮かんでいた。 そして炎の玉に杖の先を向けると、勢い良くギトーに向けて杖を振り下ろした。 炎の玉は狙い違わず唸りを上げてギトーへ奔るが、その火の玉を避けようともせずに鼻先で笑いながら、手に持った杖を振ろうとし…… ギトーは、襲い来る火の玉に飲み込まれ、教壇ごと吹き飛ばされた。 盛大な爆発音と巻き起こる炎は一瞬で消え去り、後にはちょっと前まで教壇だった残骸とちょっと前までギトーだった黒焦げの半死人が転がっていただけだった。 机の下から這い出てきた生徒達がその光景を見た次の瞬間、あれほど静かだった教室には盛大な歓声が巻き起こっていた。 生徒達の歓声や口笛が巻き起こる中、キュルケは悠然と手を振って観客達の祝福に応えた後、たおやかな足取りでジョセフの方へと歩み寄ると、彼とハイタッチを交わした。 今、何が起こったかを説明するとすれば、ミスタ・ギトー殺人未遂の主犯はキュルケではあるが、共犯はジョセフであるということだけだ。 先ほどちらりと横を見てジョセフに目配せをしたキュルケは、教室中の視線を自分に集める役割を買って出たのだ。きっとギトーになんらかのイタズラを仕掛けてくれる事を期待して。 ジョセフは、キュルケの見立てを裏切ることはなかった。むしろジョセフもギトーの物言いに怒りを覚えていた為、喜んでこの悪巧みに乗ったのだ。 出来るだけ見た目が派手になるように、そして破壊力の高さを誇示するように膨らませた火の玉を作ることで、ルイズの爆破で机の下に潜るのに慣れている生徒達を机の下に潜らせた。 そして頭上に火の玉をかざすことで、ギトーの視線をもキュルケに釘付けにさせた。 誰の目からもノーマークとなったジョセフは、何食わぬ顔してハーミットパープルを教室の隅に通らせてギトーの足元に滑らせ、杖を振ろうとした瞬間にたっぷりと波紋を流し込んだのである。 「あらあら、何やら風の魔法を自慢しようとなさったみたいですけれど。ご自慢の黒髪がわたくしの情熱に焼かれたという証明になっただけでしたわね、ミスタ・ギトー?」 その言葉を不謹慎だと諌める生徒は勿論おらず、更なる爆笑を呼び込んだだけだった。 「でもあんな種火程度で死なれては栄えあるツェルプストー家にいらぬ汚名がついて回りますわね。もし宜しければ皆様御存知の『疾風』のギトー先生にどなたか『治癒』を!」 笑みを噛み殺しきれない数人の生徒が、ギトーに近付くと『治癒』にかかる。 ルイズはキュルケとジョセフの悪巧みを目撃した……と言うより、真横にいたジョセフがハーミットパープルを伸ばしているのをどうやっても目撃する立ち位置だった。 にっくきツェルプストーにジョセフが協力したのは気に入らないが、それ以上に気に食わないギトーをブッちめた事を考えれば帳消しにしてやってもいい。 「さすが私の使い魔ね。誉めてあげてもいいわ、ジョジョ」 椅子に座り直しながらのルイズの言葉に、ジョセフは恭しく帽子を脱いで会釈した。 「光栄の至り」 そんな生徒達の歓声に満ちた教室の扉がガラリと開いて、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが現れた。 頭に馬鹿でかいロールが左右に三つずつ付いた金髪のカツラを被り、ローブの胸にはレースの飾りや刺繍やら、他にも色々とありとあらゆる飾りを付けていた。本人はめかしているつもりだったのだろうが、気分が最高にハイになっている生徒達の爆笑を誘う結果となった。 「何を笑っているのです! ミスタ・ギトー……」 時ならぬ爆笑に気分を害したコルベールは授業の受け持ちであるギトーの名を呼ぶが、ギトーは数人の生徒達に囲まれて『治癒』の魔法をかけられているところだった。 「な、何があったのですか! まさかまたミス・ヴァリエールが!?」 教室に来てみれば教師が黒焦げになって死に掛けている。そこから導き出される結論としては、非常に妥当なものとも言えたが、濡れ衣を着せられたルイズはむ、と頬を膨らませた。 「いいえ、ミスタ・コルベール。ミスタ・コルベールも御存知の『疾風』のギトー様は、御自分の風の魔法を自慢しようとしたのですけれど、わたくしの情熱を込めた火の魅力にすっかり骨抜きになったところですの」 キュルケの楽しげな説明に、コルベールは眉間に手をやった。 (……生きてるようだしよしとするか。彼もこれに懲りて少しでも尊大な性格が直ればいい) コルベールもギトーには含むところがあったようで、彼に同情の念を抱くことも無かった。 「だがミス・ツェルプストー、後で事情を聞かせてもらうから学院長室に来るように。曲がりなりにも教師をあのようにしたのだから何らかの罰は受けてもらわねばならないからね」 はーい、と悪びれた様子も無く笑っているキュルケに多少の頭痛を覚えながらも、ここに来た当初の目的を果たすべく口を開いた。 「……おっほん。えー、今日の授業はすべて中止であります!」 重々しい調子で告げられたコルベールの言葉に、教室から先程のそれにも負けるとも劣らない歓声が巻き起こる。その歓声を両手で抑えるように振りながら言葉を続けた。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 もったいぶろうとのけぞり気味に胸を張ったコルベールの頭から、ぼとりと馬鹿でかいカツラが滑って床に落ちた。ただでさえ空気が暖まっている教室と、箸が転がってもおかしい年頃の生徒達の笑みを留めることは出来はしない。 そこから更に一番前に座っていたタバサが、コルベールのハゲ頭を指差してとどめの一撃を呟いた。 「滑落注意」 教室の爆笑は今日一日の中でも最高のものだった。 存分に気分を害したコルベールがものすごい剣幕で怒鳴り散らし、流石に空気を読んだ生徒達はひとまず黙る。だが誰かが少しでも笑いを堪え切れず吹き出せば凄まじい勢いで感染することは請け合いだった。 けれどその後にコルベールが告げた、トリステイン魔法学院にアンリエッタ王女が行幸する、という言葉を聞いた生徒達の興味は一気にそちらへと引き付けられた。授業が中止になる上に、まさか王女殿下の姿を見ることも出来るとなれば、貴族子弟を高揚させるには十分だ。 歓迎式典準備の為に正装し、門に整列する旨を告げられた生徒達は一様に緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。ミスタ・コルベールは満足げに頷くと、目を見張って声を張った。 「諸君らが立派な貴族に成長したことを姫殿下にお見せする、絶好の機会ですぞ! お覚えがよろしくなるよう、しっかりと杖を磨いておきなさい! 宜しいですかな!」 そしてコルベールは他の教室にもこの旨を連絡すべく教室を早足に出て行く。 あまりにも慌てていたので、コルベールは落ちたカツラを忘れてしまっていた。無論、悪戯盛りの生徒達がこんな絶好のチャンスを見逃すはずも無い。 マリコルヌが用意した羊皮紙を、教室中の生徒に回して次々と署名を並べていく。当然、ジョセフもその末席に名を連ねた。 保健室に運ばれたギトーは、数時間後に目を覚ました時に馬鹿でかいロールのついたカツラを被せられていたのに気付き、自分の自慢の黒髪がチリチリに燃えてしまったのにも気付き、そして極めつけの手紙にも、気付いた。 「我ら生徒一同が敬愛しその名を忘れることのない『疾風』のミスタ・ギトーへ しばらく不自由でしょうからそのカツラを進呈いたします」 最後に、キュルケを筆頭に教室にいた生徒達の署名がずらりと並んだ手紙と悪趣味なカツラは、風の刃でズタズタに切り裂かれることになった。 To Be Contined →
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才人は、今まで馬に乗った事など無い。 元の世界では、バリバリのインドアタイプであった才人が、馬と触れ合う機会などある訳が無いし、仮にあったとしても、馬に任せて走らすのが関の山だろう。 だと言うのに―――――― 「こら~、もっとスピード上げなさい。 こんなんじゃあ、街に着く前に夜になっちゃうわよ~」 「あの……ミス・ヴァリエール。やはり、私がやった方が……」 「良いんですよ、ミス・ロングビル。 今は使用人の教育期間ですから。馬車の御者ぐらいさせませんと って、こらっ! 揺れが激しくなってきたわよ! もっと揺らさずに走りなさい!!」 「無茶言うな!!」 たは~、と溜め息吐く才人は、馬の手綱を確りと握り、あ~でもない、こ~でもないと必死に操作するのであった。 (とほほ……なんでこんな事に……) 思い出すのは今朝のやり取りである。 「サイト、今日は街へ行くわよ」 虚無の曜日。 元居た世界なら日曜に相当するその日も、休む事無くルイズの世話をしていた才人は、唐突に出された言葉に、目を丸くした。 「街に? 何、買い物でも行くの?」 ちなみにこの時点で才人は、もうすでにルイズに対して敬語を使っていない。 と言うか、普段からあまり敬語を使わない才人は、誰に対してこうである。 最初の頃は、それが気に食わなかったルイズであったが、もう慣れてしまったので何も言わない。 「買い物ねぇ……そういえば、あんた武器を持つと強くなるんだっけ?」 「えっ? 何言ってんだお前?」 思い出したかのように呟くルイズに、才人は頭大丈夫かと言うニュアンスの視線を送ると、思いっきり急所を蹴り上げられた。 「おまっ……オレの…………切ない部分を…………」 「使用人なら自分の役割ぐらい、きちんと認識しときなさいよ!! あんたの手にあるルーンはね、武器を持ったら、滅茶苦茶強くなるって言うルーンなの!?」 確か、そうよね? と後ろに待機しているホワイトスネイクに振ると、肯定の返事が返ってくる。 「ほらね、私の言ったとおりでしょ? 分かったらさっさと、準備して馬を駆りに行くわよ。 あっ、うん、やっぱり馬車ね。まだ怪我が完全に治ってないから、傷に響くの嫌だし って、何寝てるのよ! ほら、早く起きて、さっさと馬車を借りてきなさい! 早く!!」 「お前…………マジで無茶言うな……」 切ない部分の痛みに気絶しそうな才人は、それだけを呟くのが精一杯であった。 あの後、息絶え絶えで馬車を借りに行った才人は、馬車を借りる所でミス・ロングビルと出会って、何故か彼女と一緒に行く事で話が纏まってしまった。 類稀なる会話術と言うべきか、彼女の言葉に、ついころころと返事をしてしまったのだ。 おかげで、相乗りの事をご主人様に伝えて、もう一度切ない部分を蹴り上げられてしまったが。 「あれは……マジで勘弁して欲しいよなぁ……」 優しく踏まれるならまだしも、力の限り蹴り上げられるのはどう足掻いても、ドメスティク・バイオレンスだ。 正直、目から塩水がでちゃいますよ俺的な状態である。 「サイト~、着くまで暇だから歌でも歌いなさい~」 横暴だ。あんまりにも横暴だ。 後ろから響く、歌えコールにサイトは涙を堪えて、ドナドナの歌を歌い、そんな暗い歌を歌うな! と、後ろから、杖で思いっきり叩かれるのであった。 一方その頃、キュルケはタバサの部屋で紅茶を飲んでいた。 本当なら、ルイズの所で飲もうと思っていた代物だが、訊ねた時にはすでに部屋はもぬけの殻であった為に、もう一人の親友であるタバサの部屋へやってきたのだ。 無論、部屋の扉はアンロックで開けた訳だが。 「それにしても、ルイズは何処に行ったのかしらねぇ」 不思議そうに呟くキュルケの声に、タバサは反応しない。 ただ、目の前の、自分の顔より大きい本に読み耽っている。 別にその事にキュルケは腹を立てたりはしない。 何故ならこの娘は、本の虫であり、どんな時でも本を手放さない、本フェチだからだ。 そんな娘が、本を読んでいる時に返答をしてくれるなど、これっぽっちも考えていない。 「まぁ、街に秘薬でも探しに行ったか、何かなんでしょうね。 ルイズの怪我、まだ治っていないみたいだし」 加害者がその場に居ると言うのに話題にする内容では無いが、タバサは気にした様子は無い。 いや、少しだけ、本当に少しだけ目頭がピクリと動き、その事に関する事に何かしらの思いがある事を示していたが、残念ながら、それだけの変化で気付ける人間など、それこそ居ない。 実の所、タバサはルイズの事を警戒している。 あれだけの怪我を負わしたのだ。 自分の所に報復に来てもおかしく無い。 いや、彼女の性格から鑑みても、報復に来るはずなのだ。 今日、何処かへ出掛けたのも、恐らく怪我を完全に治す為の秘薬を手に入れる為だろう。 そして、怪我を完全に治癒した時、こちらに仕掛けてくる。 少なくとも、タバサはそう思っていたし、その為の準備もしている。 来るなら来れば良い。だけど、今度は仕留め損なわない。 そんなタバサの感情を表すように、手に握られている表紙が、少し歪んだ。 「ってな訳で、学院長ったら、わしはまだまだ現役だぞぃとか言って、私の事を口説いてくるのよ」 他愛無い話を耳から耳に流している中、キュルケが思い出したかのように 「あっ、そうそう、ギーシュの奴なんだけど、きちんと回復したわよ」 と、タバサにとって聞き捨てられない一言を漏らした。 「…………なんと言った?」 「えっ?」 「今、なんと言った?」 普段、読書中には返事をしないはずのタバサからの返事に、キュルケは一瞬たじろいだが、すぐに先ほどの言葉を繰り返す。 「えっ、あっ、いや、だから、ギーシュの奴なんだけど、きちんと回復したわよ」 ギーシュの症状を見たタバサは、その答えに思わず読んでいた本に栞を挟まずに閉じた。 そして、キュルケを真っ直ぐと見据えたタバサは、真剣な目つきでその先を促す。 「もっと……詳しく」 まるで砂漠の放浪者が、オアシスを発見したような必死さで聞くタバサに、キュルケはただならぬモノを感じて自分が知っている、ギーシュに関する事の顛末を聞かせるのだった。 「それでは、私はこちらに用事があるので、失礼します。 あぁ、それから、私の事は待たなくて結構ですよ。別の馬を借りて帰りますから」 ミス・ロングビルは街へと着くと、そう言って狭い路地の雑踏へと姿を消していった。 その後ろ姿が去っていくのを確認した後、ルイズは思いっきり不満げに、フンッ、と鼻を鳴らした。 「どうしたんだよ?」 「別に……ただ、ああいう手段が好きじゃないだけよ」 「?」 頭に疑問符を浮かべる才人を一瞥して、ルイズは街へと歩き出す。 (まったく……監視だなんて、やる事が陰湿なのよ) おまけに、ご丁寧にも一緒の馬車に乗って、監視している事をアピールしているあたり、これを仕掛けた人間は相当に性格が悪い。 (言われなくても、こっちだって、今は、騒動はごめんよ。 怪我だった治ってないしね) そう言って、学院の方を鷹のように鋭いを目で睨む。 「大方……学院長あたりでしょうね……」 ルイズの言動の意味が分からない才人は、先程から浮かべている疑問符の数を増やす事しか出来なかった。 「とりあえず、武器屋ね、その後は何処か人の集まる場所に行きましょう」 「武器なんて、誰が使うんだよ?」 大通りと比べると、どうにも不潔な感じがする路地裏を歩きながら、ルイズと才人は言葉を交わす。 「あんたに決まってるでしょ」 「あっ、やっぱり」 使用人として扱き使われた挙句に、武器を持って戦えなんて理不尽だなぁ、と才人は嘆いたが、口には出さなかった。 なんというか、そんな予感はしていたし、これから先も自分は決して平穏と言える生活なんて出来ないだろう。 そんな確信めいた予感に、才人は目頭が熱くなった。 「寂れた所ね」 開口一番にそう告げたルイズは、店主が唖然としているのにも関わらず、店の中の武器を観察し始めた。 横に居るホワイトスネイクと談議しながら買う物を真剣に選ぶ様子は、どう贔屓目に見ても少ないお小遣いで買う物を迷っている中学生だ。 「この槍はどうかしら?」 「槍ト言ウニハ持チ手ノ部分ガ脆スギル。コレデハ、相手ヲ突イタ瞬間ニ折レル可能性ガアル」 うん、ボクは何も聞いてないし、聞こえないよ。 あれは、楽しく物を選んでいる中学生。 断じて、相手が死ぬ様を想像しながら、武器を選んでいるメンヘラっ娘じゃあ無い!! 「脆い武器が多いわね。こんな強度じゃあ、首一つ落とせないんじゃないの?」 「ソウデモナイ。骨ト骨ノ間ヲ通スヨウニ斬レバ、肉ト脊髄ノ中身ヲ断ツダケダカラナ コンナ玩具ノヨウナ強度デモ可能ダ」 ――――――断じて無いよ。多分。 「貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさぁ。 ここにある武器達も、まっとうな所から流れてきた正規のもので、脆いだなんて、そんな事、決してありませんぜ」 ようやく、ルイズの容姿と発言のギャップから復活した店主が、店の品の擁護を始めるが、相手が悪い。 店主の脆くない発言を聞いたルイズは、長さが2メイルもありそうな大剣へ視線を向けると、瞬時にホワイトスネイクがその大剣に拳を打ち込み、ぶち壊した。 唖然とする店主と才人。 ルイズは、フンッ、と偉そうに鼻を鳴らし 「どう、これでもまだ脆くないなんて言い張るつもりなの?」 堂々と、脆さを認識させた。 「良い、私が欲しいのは、武器なの。 武器が素手に負けちゃあ、話にならないわよね」 まるでホワイトスネイクの喋り方が移ったかのような粘着質なルイズの声に、店の店主は、ひぃぃと喉から声を出して、店の奥へと消えていく。 恐らく、一番頑丈な武器を探しに行ったのだろう。 「すげぇな……ホワイトスネイクさん」 店主に続いて現実に帰還した才人は、感嘆の声をあげながら、砕けた剣の欠片を拾う。 「別にこれぐらいなら訳無いわよ。 と言うか……なんで、あんた、こいつに“さん”付けなのよ」 私の事は呼び捨ての癖してと、じと目で睨んでくるルイズに才人は、いや、なんかね、と口篭る。 才人は、チラリと名前の話題が挙がっているホワイトスネイクへと視線を送る。 172センチある才人を見下ろす2メートルの身長を持つホワイトスネイク。 さらに、その目の奥は、何か言い表せぬ恐怖を讃えるように瞳の形を取っていない。 そんな存在と、ルイズが気絶している間、才人はずっと同じ部屋で過ごしていたのだ。 ぶっちゃけて言おう。 才人は、ホワイトスネイクに、めっさビビッている。 “さん”付けもそこから来たものだ。 動物が腹を見せるように抵抗の意思はありませんと伝えるのと同じモノである。 「いや……まぁ、なんとなく」 一応、プライドがある才人は、それを悟られないように言葉を濁す。 ルイズは、目を細め暫く才人を見ていたが、はぁ、と溜め息を吐いて 「こいつの事は呼び捨てで良いわよ。 そんな呼び方されちゃあ、あんたも落ち着かないでしょ?」 同意を求めるようにホワイトスネイクに視線を向けると同時に、店の奥から店主が顔を覗かせる。 「あの~、こいつなんか如何でしょう?」 宝石が散りばめられ、豪華の限りを尽くされたその大剣は、先程の剣よりも一回り程小さい。 「これ、ほんとに丈夫なの?」 「えぇ! えぇ! かの高名なゲルマニアの錬金術師のツュペー卿が鍛えた剣ですぜ。 さっきの剣なんか比べちゃあなりませんさ!」 自信満々の店主の態度に、ルイズは、とんとんと刀身を叩きながら、じろじろと見る。 「私……ゲルマニアってあんまり好きじゃないのよ。 そんな国の高名な錬金術師さんが作った剣……悪いけど、信用ならないわ」 ホワイトスネイクがルイズの言葉に呼応するように右手を振り上げ、剣を壊そうとするのを察すると、 主人は大急ぎで剣を抱きかかえ、一本の錆びた剣と取り替えた。 「何コレ?」 「いやぁ、実はこっちの方が頑丈だったのを思い出しまして これなら、幾らでも叩いて確かめてくださって結構でさぁ」 店主がヘコヘコして差し出した剣は、そんな店主の態度に、驚いたような『声』を上げた。 「おい! おいおいおい!! てめぇ、せっかく人が黙って、おっかねぇのが居なくなるのを待っていたのに、わざわざ目の前に出すたぁ、どういうことだ!?」 「るっせい! お前みたいなボロ剣とこの剣とじゃ、価値が違うんだよ、価値が!?」 店主と言い争うボロ剣に、才人は、うわぁ、と驚きの声を上げ、ホワイトスネイクは振り上げた手を、ゆっくりと元の位置へ戻す。 「すっげぇ、この剣喋る!?」 「へぇ、インテリジェンスソードなんて……面白いものを置いているのね」 物珍しげに才人は、ジロジロと店主と叫びあっている剣を観察し、ルイズは、顎の下に手を当てながら、何かを考え込んでいる。 「お前見てぇな、ボロ剣はさっさと壊されちった方が世の為なんだよ、このスカタン!」 「んだと、ゴラァ!! やれるものならやってみろ! 言っとくが、てめぇ如きに壊される程、俺ぁ、柔じゃねぇぞ!!」 剣のやれるものならの発言を聞いた瞬間、ルイズの口元は面白いぐらいに吊り上がる。 「じゃあやってみましょう」 店主と言い合いをしていたはずの剣は、ひょいっとホワイトスネイクにその柄を掴まれ、ようやく自分の現状を思い出した。 「いやはは、その、今のは言葉の綾ってやつでな。 いや、マジで勘弁して欲しいかなぁ――――――」 なんとか延命を希望する剣に、ルイズは無言で首を横に振る。 才人は、不憫な奴だなぁ、と十字を切り、せめて安らかな眠りをと祈りを始める。 「おい、こら! そこの奴! 見てねぇで助けろ! いや、頼む、助けてください!」 そんなことを言われても困る。 才人としても、本日三回目となる切ない部分へのダメージは、遠慮したいのだ。 と言う訳で、素敵な笑顔を浮かべ、左手の親指を遥か天の上へと向け、歯を輝かせて 「うん、それ無理」 キッパリと切り捨てた。 「テメェェェェェェ!!」 剣の悲痛な叫び声と、ホワイトスネイクの拳が風を切る音は、ほぼ同時であった。 「……痛い」 ホワイトスネイクの拳打は、ルイズのそんな一言で終わった。 驚くべき事であるが、ホワイトスネイクの幾重の拳も、あの剣を砕く事は出来なかった。 逆に、打ち続けたホワイトスネイクの拳の方が砕けはしないが、幾らかのダメージを負っている。 「ハァー……ハァー……貴族の娘ッ子……おめぇ、随分と無茶してくれるじゃねぇか……」 泣きそうな声で、ボロ剣が呟く。 どうやら、マジで砕かれる可能性を考慮していたらしい。 そんな剣の様子に、ルイズは僅かに溜め息を吐いた後 「これ、お幾ら?」 店主にこの剣の値段を聞くのであった。 店主と値段交渉しているルイズを横に、才人は自分の相棒となる剣を握っていた。 案の定、剣を握った時、左手の奇妙な痣が淡い光を放ち、身体が軽くなったような不思議な感触に才人は襲われていた。 「おでれーた。おめぇ『使い手』か」 使い魔のルーンが発動中の才人に、剣はそう声を掛ける。 「『使い手』?」 台詞を鸚鵡返しした才人に、剣は、しばし、黙り、そして 「うっし、俺の名はデルフリンガーって言うのだが、これからもよろしく頼むぜ、相棒」 何故だか『使い手』については語らず、自己紹介をしたのであった。 その事に疑問を感じた才人であったが、まぁ、別に良いかと、自分もボロ剣改め、デルフに名前を教える。 そうこうしている内に、値段交渉を終えたらしく、ルイズはつかつかと出口へと向かって行く。 「ほら、行くわよ。次は人が集まる場所に行かなくちゃならないんだから」 ルイズの横柄な態度に、才人は、あいつはツンデレ、あいつはツンデレ、と辛い時に唱えると楽になる呪文を唱えつつ、その後を追うのであった。 次にルイズが訪れたかった場所は、人が多く集まる場所であった。 何故、そんな所が御所望かと問えば、情報が欲しいとの一言が返ってきた。 情報、情報ねぇ、と才人は首を捻り、RPGゲームで情報と言えば、酒場と言う事で、大通りの近くにあった、それっぽい店に入る事となった。 「「「いらっしゃいませ~!!」」」 店の中に入ると大勢の少女が、きわどい衣装に身を包み給仕をしていた。 いや、何ここ? ヘヴン? ボクは天国にでも迷い込んでしまったのかなぁ、と才人がぼーとしていると後ろから、本日三度目の切ない部分を直撃する蹴りが飛んできた。 「こんな所で情報なんて集められる訳無いじゃない! ほら、出るわよ!!」 自分のした事の重大さを理解していないルイズは、何度喰らおうと慣れない痛みに地面をのた打ち回っている才人に、さっさと店の外に行くと告げるが、動かない。 「おまっ……本当、本当……ここだけは勘弁してください……」 どうやらダメージが蓄積していたらしく、少々深刻な事態に陥っているようだ。 (しまった……やり過ぎたみたいね…… む~、こいつが回復するまでここに足止めか。それにしても良い匂い…… そういえば、お腹も空いてきたし、食事も取れるみたいだから、少しぐらい居ても良いかな) どのみち、才人が再起するまで動くに動けない。 とりあえず、近場のテーブルの椅子に才人を無理矢理座らせ(勿論、やったのはホワイトスネイク)自分も同じテーブルの椅子に座る。 「ご注文を伺います~」 胸を強調した服を着た黒髪の給仕が、注文を聞きにきたので、メニューから適当に品を選ぶ。 「そちらのお客様、ご注文はお決まりになりましたか?」 悶える才人に答えられる道理は無い。 「無理みたいだから良いなよ」 「わかりました、では、しばらくお待ちください」 「あぁ、ちょっと待って。 ここも、一応酒場でしょ? 噂話に詳しい奴って居ない?」 黒髪の給仕は、ルイズの問い掛けに目を輝かせ、 「それなら、あたしが一番詳しいですよ!」 と、豊満な胸を張って答えた。 ルイズが運ばれてきた食事を取りながら、黒髪の娘(ジェシカとか言うらしい)と会話している横で、才人は奇妙な容貌の者と対峙している。 「………………」 「………………」 その者の名は、ホワイトスネイク。 彼はルイズが話し込んでいる事もあり、暇を持て余しているのか、才人の事をじっと見据えていた。 「…………あの……」 「……………………」 無言で。 どうかと思う。 「あの、ホワイトスネイク……さん?」 “さん”は要らないとルイズに言われたばかりであるが、 どうにも無言で、しかも無表情と来ているホワイトスネイクに、どうしても、“さん”を付けてしまう才人であったのだが 「ルイズガ、言ッテイタロウ……“サン”ハ、必要ナイ」 「あっ、はい、すんません」 唐突に返された言葉に思わず頷いてしまった。 そこで、才人は気が付く。 今のが、ホワイトスネイクとまともに成立した初めて会話であった。 会話を交わした。その事実に気が付いた才人は、どうせルイズの話も長引きそうだし、粘って、もう少し会話をしてみようと決心する。 「なぁ、あんたってさ、パッと見て人間みたいだけど、種族って何なの?」 「種族、ト言ウモノガ、ソノ存在ノ分類ヲ示スノデアレバ『スタンド』ト言ウ呼ビ名ガ、私ノ種族ダロウナ」 「『スタンド』ねぇ……聞いた事無いや」 「ソレハソウダロウナ。コノ呼ビ名ヲ付ケタノハ、DIOト言ウ名ノ男ダ。 私モ、便宜上、ソレヲ使ッテイルダケニ過ギナイ」 「はぁ~、あだ名みたいなものなんだ?」 「ソウダナ……個々ガ好キ名デ呼ブ場合モアルカラナ。 『守護霊』『悪霊』皆、好キ勝手ニ呼ンデイル」 「『守護霊』に『悪霊』って……あんた、幽霊だったの!?」 驚くような声を上げた才人は、ホワイトスネイクを確りと見る。 がっしりとした肉体に、へんてこな頭部。体に刻まれた変なマークに……足はキチンとある。 「いやいやいや、足だって、あるし、何より、触れるじゃん」 そう言って手を伸ばし、ホワイトスネイクの手に触れた才人であったが、ホワイトスネイクは、首を横に振った。 「触レラレルカ触レラレナイカハ、些細ナ問題ダ。 我々ハ、本来、スタンド使イ……要スルニ、我々ヲ扱ウ者ニシカ見ル事ハ出来ナイ精神体ダ」 「えっ? でも、見えてるじゃんか?」 そう言う才人は、テーブルに置いてある水の数を数える。 ひぃ、ふぅ、みぃ。 きちんと三人分。 つまり、ホワイトスネイクの分もあり、これは少なくとも給仕の娘には、ホワイトスネイクが見えてる事に他ならない。 「ソウダナ……私モ、ソレガ疑問ダッタガ、マァ、ドウデモ良イ。些細ナ事ダ」 そう言い切るホワイトスネイクに、才人は、こいつ……理知的な喋り方してるけど、実は大雑把な奴なんだなぁと、妙に親近感が湧いてきた。 出会ってから感じていた、苦手意識も自然と消えていく……ように感じる。 「なんだ、あんたって、案外大雑把なんだな。 俺、てっきり気難しい細々とした奴かと思ってたんだけど」 よく物事を考えずに言葉を口にしてしまうのは、才人の悪い癖であるが、ホワイトスネイクは、別に気にしていなかった。 と言うか、才人はおろか、他の人間の言う事もホワイトスネイクにとっては瑣末事だ。 彼にとって、自分が自発的に動くべきは本体の為だけであり、それ以外は全て面倒な出来事である。 今、こうやって才人と会話しているのも、彼にとってこの数日間で目覚めた、暇に対する拒否反応だ。 暇を潰す事だけが目的であり、それ以上でも、それ以下でも無い。 「ってな感じなんだけど……参考になった?」 「えぇ、助かったわ。ありがとう」 才人とホワイトスネイクが、適当な会話に花を咲かせているうちに、ルイズと黒髪の娘の話も終わり、食事に集中しようとしたルイズが、ふと顔を上げる。 「あんた、全然食べてないじゃないの? 何、お腹空いてないの?」 才人の手前に置かれた食事の類は、痛みに耐えていた才人が注文出来なかった代わりに、ルイズが頼んでおいた代物だ。 焼き立てのパンと、具材たっぷりのスープに、ドレッシングの掛かった何か良く分からない野菜のサラダ。 見るからに美味そうなラインナップであるが、ホワイトスネイクとの会話に集中していた才人は、まったくそれらを食べてない。 「食べないなら食べないでも良いんだけど、 私が食べ終わったら、店から出るから、食べるなら早くしなさいよ」 そう言って、残り僅かな鶏肉の照り焼きを、パクパクと食べるルイズに、才人は早食いで答えるのであった。 その頃、才人とルイズが居ない学院では、キュルケとタバサが、ギーシュの部屋の扉を開け、モンモラシーがギーシュに対して、あ~んをしている現場を押さえていた。 ギーシュとモンモラシーは勿論だが、そういうウブな行為をあまりしたことが無いキュルケですら顔を赤らめ、黙ってしまった中で、タバサだけが、つかつかと靴音を荒く立てながらギーシュへと近づく。 「質問がある」 「なっ、なんだい?」 いつもの無感情で起伏の無い声ではなく、何か言い知れぬ凄みを含む声に話しかけられたギーシュは、どもりながらも返事をする。 「貴方の今の状態とそうなった理由を詳しく教えて」 「状態と……理由?」 何を聞いているんだと首を傾げるギーシュだが、タバサの目があんまりにも鋭いので、仕方なく、つらつらと言葉を述べていく。 「状態と言われても……気分が凄く良いぐらいだね。 魔法も、また使えるようになったし……後、そうなった理由って言うのは、僕が正気に戻った理由かい? 正直に言うと、ルイズと決闘した後から今日までの記憶が、すっぽりと抜け落ちていてね。 モンモラシーに、今までの事を聞かなかったら、自分が壊れていたなんて、さっぱり分からなかったよ。 でも、聞いた話では、ルイズが僕の事を元に戻してくれたんだろう?」 ギーシュの問い掛けに、モンモラシーとキュルケは、同時に首を縦に振る。 それを見て、タバサは何かを考えこむように、僅かに目を瞑った。 ギーシュの症状は誰が見ても、もう、治せない状態であった。 ある理由から、色々と精神の病気について調べているタバサですら、ギーシュは一生あのままだと思っていた。 しかし、彼は目覚めた。 記憶の欠落はあるが、それ以外は、元のギーシュそのままだ。 つまり、完治している。あそこまで精神的に壊れていたと言うのに。 「………………」 無言で閉じていた目を開き、タバサは自室へと戻っていく。 試す価値はある。 否、これだけの成果を出しているのだ。 望みは十分にある。 問題は――――――どうやって頼むかだ。 一人、足早に歩くタバサは、その事を只管に考えていた。 「あんた、よく、そんなの買うお金があったわねぇ」 「一週間だけ厨房で働いてたから、その駄賃を貰ってたんだよ」 帰りの馬車の上で、才人は手綱を上手く操りながら、ルイズの言葉を律儀に返していた。 行きで苦労した甲斐があったのか、今の才人の手綱捌きは、そこそこ上達しているように見て取れる。 「ふ~ん、で、それ誰に上げるのよ」 ルイズが興味津々で訊ねるのは、才人が買った一つの腕輪だ。 ヒスイ細工の綺麗な腕輪は、少々値は張ったがそれだけの価値に見合う輝きと美しさを持っているが、才人が自分で嵌めるにはサイズが小さく、明らかに誰かのプレゼント用の品物だった。 「いや、世話になっている同室の娘にな」 思えば、シエスタには随分世話になっている。 ルイズ付きの使用人になってからも、シエスタの部屋から通っている才人は、毎夜、シエスタと顔を合わせる事で、一日の疲れを癒しているのだ。 それに、この二、三日はマッサージまでしてくれている。 感謝するなと言うのが無理な話であった。 「ふ~ん……」 なにやら詰まらなそうに相槌を打つルイズに、はて、自分は何か気に障る事でも言ったかと恐慌する。 「……いや、別にあんたが誰と付き合おうが、私には関係無いんだけど 使用人としての本分を忘れてまで、付き合うの駄目だからね」 ふんっ! 鼻を鳴らして使用人として自覚を持てと言うルイズに、薄ら寒いものを感じた才人は、そういえば! と大きな声を上げて、話題を逸らす。 「給仕の娘と随分長話していたみたいだけど、一体、何を聞いてたんだ?」 「そうね……まぁ、世の中にどんな人間が居るかって言う世間話よ」 何が楽しいのか、ルイズの声は先程と打って変わって、幾分、楽しそうな韻を含んでいる。 「中でも、モット伯とか言うのが、一番興味を引いたわね。明日辺り、会いに行くのも悪くないわ」 「明日は馬が借りられないだろ?」 「学院から近いから、徒歩でも大丈夫よ」 明日が楽しみね、と笑うルイズに、明日は、足がパンパンになるまで歩かされるであろう予想が、頭に浮かぶ才人であった。 だが、その予想は少しばかり早く実現することとなる。 その夜、部屋からシエスタの荷物が無くなっている事に愕然とする才人に、料理長のマルトーが放った言葉によって 第六話 戻る 第八話
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サモン・サーヴァントに『爆発して』失敗するルイズは、学院長の取り計らいによりトリスティン魔法学院の二学年として授業を受けている。 本来ならサモン・サーヴァントすら成功しないルイズは、使い魔を召喚するまで進級できないはずだが、オールド・オスマンはルイズの『爆発』に目を付けた。 『彼女はすでに新種の使い魔を呼び出しているのではないか?』 そう言って、オスマンはルイズの進級に反対する教師達を黙らせていた。 実際には、土塊のフーケと戦った時の痕跡から、何らかの使い魔を呼び出していることは予想していたが、その確証はない。 温情と言えば聞こえは良いが、オスマン氏はルイズに、執行猶予を与えているとも言えるのだ。 ルイズは自分部屋で、腕から伸びる半透明の『腕』を見た。 おそらく自分の使い魔であろうこの『腕』は、五体が揃っているのは感覚で理解している、しかし今はまだ『腕』だけしか自由に動かせない。 ベッドに座ったまま、エルフの使う『先住魔法』のことを思い出した。 エルフは杖も使わずに魔法を使うとか…もしかしたら、これはエルフの使う『先住魔法』なのではないだろうか。 この腕は、障害物をすり抜けられるくせに、ものを掴むことができる。 しかも精神を集中すれば、半透明な状態で人に見せることが出来る、これはキュルケとタバサが確認した。 これを使い魔だと主張するにあたって二つの問題がある。 一つは、前例のない『これ』が使い魔として認められるのか分からないこと。 もう一つは幽霊騒ぎの件だ、キュルケとタバサが目撃した幽霊は明らかにこの『腕』だ。 幽霊騒ぎは、トリスティン魔法学院を一時混乱に陥れ、キュルケとタバサ(と自分)を驚かし、ちょっと人には言えないような恥ずかしい目にあわせのだから。 マリコルヌを全力でブチのめした後、二人にこんな事を言われた。 「幽霊の正体があんたの使い魔だってバレたら…全生徒から恨まれるでしょうねぇ~♪」 「…使い魔の不始末は主人の責任」 キュルケはルイズの弱みを握って気分を良くしていたが、タバサからはシャレにならない殺気を感じた。 とにかく、今のルイズには、部屋でため息をつくことしか出来なかった。 その晩、ルイズの部屋を誰かがノックした。 間を置いて叩かれる回数に、誰が訪問したのか気づき、客を迎えた。 「こんばんは、ルイズ」 「姫様、今日、ここに来られたということは…」 アンリエッタはいつものようにディティクト・マジックで部屋を調べてから、フードを脱いだ。 子供の頃のように、ルイズの隣に座る。 「ゲルマニアの皇帝に、書簡が届き、その返答が送られてきました。内容は私を正室(正妻)として迎えるとの事です」 「………そう、ですか…」 しばらく、沈黙が流れた。 「…思い過ごしならば良いのですが、一つだけ腑に落ちないのです。わたくしの婚約だけではなく、軍事的な提携に関しての要求書も添えられていたはずなのです、それはトリスティン側に有利な内容です。本来なら…わたくしの婚約だけでは見合わない内容でしょう」 ルイズはじっとアンリエッタ姫の話を聞いていた。 姫が言うには、トリスティン側が望む婚約の条件が、かなり高い状態であること、それにより婚約を引き延ばしできると考えたが、ゲルマニアは条件をすべて呑むということ。 アルビオン貴族派がトリスティンへ侵攻を開始した場合、おそらくゲルマニアは何か理由を付けてトリスティンを見捨て、国力が低下したところでトリスティンに介入、そして王族と貴族をゲルマニアの支配下に置く… アンリエッタとマザリーニ枢機卿は、ゲルマニアにすら不信感を抱いていた。 ルイズは知らなかったが、アンリエッタはマザリーニのことを嫌っている、しかし今回の出来事はアンリエッタに危機感を抱かせ、図らずしてアンリエッタとマザリーニの政治的信頼は強くなっていたのだ。 一通り政治の話をしてから、アンリエッタはベッドから立ち、懐からトリスティン王家御用達の紙を取り、ルイズのペンを借りて書状を書き始める。 そのときのアンリエッタの表情は恋する乙女のそれでありながら、どこか陰のある姿で、胸の奥の悲痛な思いを一文字一文字に込めているようだった。 「ルイズ、この手紙をアルビオンのウェールズ皇太子に届けて欲しいのです、アルビオンの貴族派は王都を囲む準備を整えたと言われています、王城に攻め込まれる前に…」 「しっ!」 ルイズはアンリエッタの言葉を遮った。 扉の外から気配を感じ、誰かが扉の外で聞き耳を立てているのが分かる、これはルイズの感覚ではなくスタープラチナの聴覚だが、ルイズはまだ自覚できない。 アンリエッタをカーテンの後ろに立たせてから、ルイズは扉を勢いよく開けた。 「どわっ!?」 ごろん、と転がり込んできたのは、青銅のギーシュ、正しくは『ギーシュ・ド・グラモン』だった。 転がりつつも薔薇の造花を手に持つ根性は見上げたものだが、ルイズは扉を閉めながら(二股のギーシュがのぞき見のギーシュに格上げね)などと考えた。 「何やってんのよあんた」 ルイズの質問に答えようともせず、ギーシュは立ち上がり、薔薇の花を両手に持ち直してこう言った。 「薔薇のように麗しい姫さまのあと追っておりますれば、こんな所へ……、下賤な学生寮などで万が一のことがあってはと、鍵穴から様子をうかがっておりましたところ…」 「ふーん、要はのぞき見? 重罪よね」 そう言ってルイズはアンリエッタを見る、アンリエッタは困ったような表情でルイズを見たが、『とても楽しそうな』笑顔を見せていたので、アンリエッタはルイズの意図を汲んだ。 「そうですね…公式な訪問ではないとはいえ、先ほどの貴方の言葉を借りれば、私をアンリエッタと知りながら後を追い、そして部屋を覗き見したと言うことになります」 「姫さま、非公式とはいえ姫殿下訪問の御席は、王宮に準じると聞いています、故意に不作法を働いたのであれば侮辱にあたると存じ申し上げます」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの進言、この部屋の主たる責を負ってのものとして真摯に受け取ります、ではこの者に一級以上の罰を与えねばなりませんね」 ギーシュは顔を真っ青にした。 この世の終わりのような顔とは、こういうのを言うのだろうか、二股がバレた時とは比べものにならない。 ルイズは内心で「やりすぎたかな?」と考えたが、たまには良い薬だろうと思って何も言わなかった。 「ルイズ、この者の名は?」 「グラモン元帥のご子息、ギーシュ・ド・グラモンでございます」 「では…」 アンリエッタはギーシュの前に手を出した、貴族の作法で言えば、手に口づけを許すという事だ。 呆然としていたがギーシュだったが、差し出された手の意味に気づくと、さっきまで死にそうに震えていた男とは思えない程うやうやしく、手の甲に口づけをした。 「では貴方に罰を与えます、私の…アンリエッタ姫としてではなく、ルイズの友人としてのアンリエッタに、力を貸して頂きたいのです」 「任務の一員にくわえてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 ギーシュの言葉にアンリエッタは微笑む。 「ありがとう。貴方のお父さまも立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいでおられるのですね。…この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」 「姫殿下がぼくの名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な『薔薇の微笑みの君』が、このぼくに微笑んでくださった!キャッホー!」 感動のあまり、立ち上がってわめき散らし、後ろにのけぞって転び、後頭部を打つギーシュ。 それを見たアンリエッタは「ルイズの友人もおもしろい人ばかりね、うらやましいわ」と心底うらやましそうに言った。 ルイズは、まるで看守にマスターベーションを見られた徐倫のように、嫌そ~~~~~な顔をしていた。 アンリエッタ姫を見送った後、ギーシュは股のあたりを気にしながらヒョコヒョコと部屋に帰っていったらしい。 「そりゃ怖かったでしょうね…」 ルイズは、誰に言うわけでもなく呟いた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-15]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-17]]}